交通事故生還者の臨死体験

喜びを忘れずに生きていこう(上)

2015/09/28 07:00

 重大な異変に遭遇し、肉親を失う悲しみから立ち直ることは容易ではない。交通事故で愛妻と次男を失った米国の若い父親、ジェフ・オルセンさん(Jeff Olsen)は、一連の臨死体験を経験し、それによって心の昇華を成し遂げた。

 交通事故の後、いかにして悲しみを乗り越え、事故から生き残った長男のために立ち直ったかを、ジェフさんは2冊の本『私は彼らの心を知っている(I Knew Their Hearts)』、『80マイルの表記板を越える(Beyond Mile Marker 80)』に記述した。心身ともに絶望に陥った中で臨死体験を経験し、他の空間の事物と偶然にめぐり会ったことは、彼に更に神の存在を信じさせることになった。その瞬間から、彼は無条件の愛、喜び、勇気を抱いて生きていこうと心に決めたのだった。臨死体験研究の先駆者、米国精神医学博士レイモンド・ムーディー氏(Raymond Moody)は、ジェフさんの本に次のような序文を書いている。「1965年から、私は世界中で何万人もの臨死体験をした人を取材した。ジェフのストーリーは最も驚異的な例の一つで、私の想像をはるかに超えている」

 以下の記述は、ジェフさんが去年9月に国際瀕死研究協会(IANDS)の年次例会で発言した内容、およびその後の取材に基づいたものである。

復活祭の後、災難が起きた

 大学時代のジェフさんはアメリカン・フットボールの選手で、タマラさんに一目ぼれして結婚した。1997年復活祭の休日後の月曜日、ジェフさんは車にタマラさん、7歳の長男と生後14カ月の次男を載せて、ユタ州南部にあるタマラさんの実家を後にしてソルトレークシティーに向かっていた。その時、時速110マイルの強風が吹き始め、走行中の大型トラックも揺れ動き、接触してきた。ジェフさんがほんの少し居眠りをした瞬間、彼の車は路面を転がり始め、8回もとんぼ返りして車は大破した。

 ジェフさんの意識が回復した時、耳にしたのは長男の泣き声だった。ジェフさんは長男を救いに行こうと思ったが、身体は全く動かない。彼自身、重傷を負っていた。両足を骨折し、(その後、彼の左足のヒザ下は切断)脊柱と肋骨も骨折、片方の腕はほぼ完全に肩から切り落とされ、シート・ベルトが腹腔と大腿動脈を切っていた。妻と次男の泣き声が一切聞こえなかったため、彼女たちは亡くなったのだと思った。「あの一瞬は、私にとって地獄のようだった。私は交通違反なんかしていないが、運転手はこの私だったのだから」

光と愛の世界 亡くなった妻と別れを告げる

「私は突然、すごく落ち着くようになった。とても奇妙な感じだった。自分は事故現場の上空に飛びたち、光に包まれた。大混乱の中にいるにもかかわらず、私はとにかく、とても平穏な心境だった。体には傷一つない。事故ですでに命を落とした妻も私と一緒にいた。彼女も傷一つない様子だった。しかし、そこにずっといてはならないと妻は私に教えた。あれほど静かで美しい世界にいてはならないなんて、私は少し戸惑った。妻は私に言った。『あなたは、ここにいてはならないの。あなたは帰らなければならないのよ』」

「後になって分かったのは、事故現場に駆けつけた人の中にある医者がいて、彼は私と長男の応急手当をしてくれていた。私はヘリコプターでソルトレークシティーの病院に送られ、7歳の長男は手首の骨折ぐらいの軽傷で済んだ。しかし、母を失った長男の心に残った傷は巨大なものだった」

私は会ったすべての人を知っていて、彼らを愛している

 車が転倒してからの記憶は、ジェフにはない。しかし、彼は妻に別れを告げたことだけは覚えている。「妻が言った通り、私は帰らなければならないと思った。そう思っただけで、次の瞬間、自分はある病院の中で自由自在に漂っていることに気が付いた。人間世界では、会ったすべての人を私は全く知らないが、自分の体から出て遊離した時、つまり臨死体験をした時、私は彼らのすべてを知っていた。彼らの好き嫌い、彼らが何かを決定した時の動機など、それらを私はすべて分かっていた。そして、もう一つ強く感じたことは、彼らに対する愛だった。麻薬中毒者から天使のようなお婆さんまで、会った時に私はずっと『愛している、私の心とあなたの心は通じ合っている』と思った。万物が一体となったように、私はつまり彼らであり、彼らはつまり私であった。彼らに出会う時、私は彼らを抱きしめたいと思った」

「私はベッドに寝ているある男が見えたが、しかし少しも彼を感じ取ることができなかった。不思議に思って近づき、彼をもっと見ようとしたら、あれは私自身の体だということが分かった。私は自分の体に戻らなくちゃ……と思った瞬間、私は自分の体に戻っていた。その後、痛み、悲しみ、悔しさ……すべての記憶が蘇った。私は呼吸機のパイプを付けていたから、何も話せない。家族が私を囲み、2人の兄弟が病室に駆けつけ、私の手を握って泣いた。18回もの大手術が施され、そして奇跡が起きた」

亡くなった妻との対話 

 「私はICUに3カ月もいた。私の肺には炎症があり、咳をする時に肺部の血栓を吐き出していた。後日、私は外傷回復病棟に移されたが、引き続き亡き妻と交流していた。妻は結婚指輪を姪に贈りたい、綺麗なスカートを兄弟の妻たちにあげたい、次男を抱いて同じ棺の中に入りたい……妻はそのようなことを言っていた」

交通事故が発生する1カ月ほど前、7歳の長男が撮ったタマラさんと次男の写真(IANDS提供)

 「妻の家族は彼女をどこに埋葬するかを考えていた。南ユタ州に彼ら一族の墓地があり、我が家から車で5時間の距離である。一方、万が一私も死んだら、夫婦二人を同じ墓地に入れるべきではないかと私の家族は考えていた。未来のことは予測できないし、誰もが不安で落ち着かなかった」

 「その時、私は亡き妻と会話していた。彼女は我が家の近くに埋葬されたい、なぜならば7歳の長男がお母さんに会いたい時にすぐに行けるから、と言った。私は転院の混乱の中で一時、呼吸機のマスクを外されたことがあったので、その時に家族に妻との会話を伝えた。結局、家族は彼女の願いを尊重し、我が家の近くの墓地に彼女を埋葬することにした」

(翻訳編集・陳櫻華)

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