文・中原

擒 賊 擒 王

2015/10/10 23:19

 三十六計の第十八計は擒賊擒王(きんぞくきんおう)。杜甫の詩「前出塞」がその出所だ。
 天宝末年、唐の玄宗が辺境開拓のためにしきりに戦を起こし、多くの兵士が戦死し、民も戦乱に疲弊していた。752年、杜甫は「前出塞九首」を詠んだ。
 弓を挽くには当に強きを挽くべし、箭(矢)を用いるには当に長きを用うべし。人を射んとせば先ず馬を射よ、賊を擒(とりこ)にせんとせば先ず王を擒にせよ。人を殺すには亦限り有り、国を立つるには自ら疆有り。苟も能く侵陵を制せば、豈に多く殺傷するに在らんや。
 詩の趣意はむろん、擒賊擒王ではない。詩の力点は前半より、むしろ後半にあり、いわば前半の美辞麗句と修辞衍義はただ後半へ通ずる架け橋に過ぎない。後半の趣旨を一言で言えば、戦にも仁徳と道義があると言えよう。
 この境地に立って詩を吟味すれば、詩人の器量と道義に歎ぜざるをえない。
 さて、『大紀元時報』は9月22日から10月1日まで、「賊を捕まえるには先ず頭目を捕まえよ、江沢民逮捕へ」と題する九つの論評を発表した。
 この評論は時局を多元に解析し、次のように指摘する。山積する深刻な難題を抱え、薄氷を踏んでいる習近平当局にとって、危難を脱し、諸々の問題を一挙かつ根本的に解決しようとすれば、江沢民を捕まえるのが王道中の王道だ。
 杜甫の「前出塞」は九首からなっているが、大紀元のシリーズ論評も九篇だ。この論評は構想が透徹し、賊の頭目を捕まえる必要性を多元的に論じ、首尾一貫している。その明敏性と道義心をうかがえば、まさに杜甫の再来だ。
 偶然に合致したか。習近平が訪米を終え、帰国した9月29日に、官製メディアは王岐山の腐敗撲滅策を解読する文を掲載し、「前出塞」全文を引用し、「擒賊擒王」の重要性を示した。それに、その前日に、人民日報は社説を掲載し、「腐敗撲滅には『華容道』(逃げ道)なし」と強調した。
 赤壁の戦いで、孫権と劉備から火攻めに遭い、曹操が大敗。江陵に逃げるには華容道を通らなければならなかったが、関羽がすでにそこで曹操を待ち伏せしていた。結局、関羽はかつて曹操に蒙った恩義を念じて、彼を逃がした…。
 しかし、今は昔の比でない。華容道が断たれ、賊の王を逃がすことは決してないと釘を打たれた。擒賊擒王の喊声が八方から湧き上がり、四面楚歌になっている。

 

 【擒賊擒王】敵の主力を叩き、指揮官、中心人物を捕らえれば、敵を弱体化できるという、攻撃目標選択の妙と、効果判断の重要性を教える計略。

コラムニスト プロフィール

中原・本名 孫樹林(そんじゅりん)、1957年12月中国遼寧省生まれ。南開大学大学院修士課程修了。博士(文学)。大連外国語大学准教授、広島大学外国人研究員、日本学術振興会外国人特別研究員等を歴任。現在、島根大学特別嘱託講師を務める。中国文化、日中比較文学・文化を中心に研究。著書に『中島敦と中国思想―その求道意識を軸に―』(桐文社)、『現代中国の流行語―激変する中国の今を読む―』(風詠社)等10数点、論文40数点、翻訳・評論・エッセー等300点余り。

 

 

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