中国伝統文化百景(8)

女媧の人類造りにおける「性」の問題

2015/12/11 07:00

 女媧が天を補修し、婚姻制度を設立し、楽器を発明したことについて、古書の記述や伝説に相違点があっても、内容的・ロジック的に相互矛盾するところはそれほどない。

 これに対し、女媧の人類創造の方式において、かなり背馳している。すなわち、女媧は一人で土を捏ねて人を造った説と、伏羲と共に人間を繁殖させた説、という二つの系統に分けられ、後者にはさらに兄弟結婚などさまざまなバリエーションに展開されている。

 この問題に関して、先行研究ではそれほど重視されておらず、ただ異なる古書の異なる記載と、異なる口承や異なる解釈により、それぞれ異なった女媧神話になったという程度の解釈にとどまり、中国文化のより深い次元からの考究などはほぼ見られない。

 しかし、この問題は女媧神話の根幹的なサブジェクトであるのみならず、中国文化や前史文明に対する認識の歴史観にもかかわる重要な問題と考え、以下考察してみたい。

 女媧が独自で人を造ったことと、伏羲と結婚して人類を繁殖させたという相対立するこの二説は、どちらが神話史上で相対的な正統性を持ち、かつ中国文化の神髄を反映することができるのであろうか。

 他の伝説や神話と同じように、女媧神話は、口頭伝承中においてその内容が時代や人々の宇宙観の変移と共に人為的に増減、変更された可能性が高いと思われる。それに『通志』三皇紀等に、「華胥生男子為伏羲、生女子為女媧、故世言女媧伏羲之妹」のような記載があるなどにより、女媧神話は『独異志』等のような女媧の兄妹結婚に移り変わったものと考えられる。

 伏羲について、唐代の司馬貞が前漢代の『史記』に補った「三皇本紀」に伏羲を「人の頭、蛇の体、聖徳あり」と記す。『路史』には「婚礼の制度を定め、雌雄一対の鹿の皮を結納の品とする」とある。この他、『楚辞』、『礼記』、『淮南子』、『太平御覧』、『古史考』、『世本』などの文献にも伏羲が言及されているものの、これらの文献の中から、伏羲と女媧の兄妹結婚などの記載は見られない。そして、女媧に関しても、古書ではほとんど独立した女神として記述されるのであり、兄妹とりわけ夫婦として共に活動することは見られない。

 したがって、現存資料から判断すれば、伏羲と女媧が兄妹結婚し人類を繁殖させた話は、唐代末期から民間で次第に浸透され、それによってそれ以降の著書や地方志にも影響を及ぼすようになり、そしてそれに関連する文化遺跡もそれにともなって人為的に営まれていったものと考えられる。

 たしかに、伏羲と女媧の兄妹結婚は、古い伝説、古書の記載、さらには壁画など文化遺産から裏付けられている。しかし、古い伝説や古書の記載に、誤伝や誤記が皆無とも断定しえないし、伏羲女媧図のような画は一見して交尾しているように見えるにもかかわらず、その図はたとえば「陰陽の結合により万物が生じる」などを意味する多義的なものであり、必ずしも交尾するという単一で表層的な含意には留まらないはずである。しかも、その男女が真に伏羲と女媧であることもより確たる実証が必要なのである。

 女媧は黄土を捏ねて人を造ったというのは、すなわち女神の女媧は男性なしに独自で生育することができることである。奇想天外のようなこの無性生殖をどう見ればよいか。

 一般的に、たとえ女神であっても男神なしでは生育できるとは考えられない。このような論断は至って合理的と思われるが、しかし、女媧の人類創造に即して考察すれば、必ずしも妥当とは言えない。何故ならば、この論断は女神としての女媧の神話史上における特殊性と、彼女の有する特殊本領とりわけ中国伝統文化の神髄をぬきにし、実証科学的な視点に立って現代的な思考に過ぎないからである。一言で言えば、女媧神話は中国の伝統文化の一反映であるゆえ、道学そして古人的視点から生命、宇宙、人類を考察しなければ、その正体や真義を察し得ないのである。

 『老子』に「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生じる。万物は陰を負い、陽を抱いている」とある。中国文化の基本と神髄は道家の理論である。老子のこの論は、万物生成の原理として中国文化を一貫し、統括している。

 注意すべきは、「一は二を生じる」と「万物は陰を負い陽を抱いている」ことである。老子の論に関する解釈はまちまちであるが、この「万物は陰を負い陽を抱いている」とは通常、宇宙間のいかなるものでも陰と陽が自身の中に同時存在していると理解されている。そして、「一は二を生じる」というのは、宇宙や事物や生命が繁栄、進化する過程においてもっとも重要な段階であり、すなわちこれは単数より複数へ、個体より多体へ、単純より複雑へと変化するプロセスであり、いわば変化をもたらす必須不可欠のステップなのである。しかも、その「一」が「陰陽一体」のものでなければ、断じて実現しえないはずである。したがって、女媧は「一」でありつつも、陰陽一体の女神であるゆえ、単性であっても「二を生じる」ことができる能力を備え、よって生命を育成することができるのである。

 中国神話の舞台は、時には地上、時には天上、時には冥界になり、一定しない。神々も往々にして多元的空間を自由自在に往来、行動するのである。女媧の人類創造も同様に、そういった範疇で行われたので、後人の研究はもし同一の文化背景と同一の視点に立って考察しなければ、その要を得られないはずである。

 女媧神話の特殊性と実情と中国文化思想からすれば、女媧の人類創造は人世という単一次元で行われたというより、この世を超えた多次元・多空間において完成されたと推論すべきであろう。換言すれば、女媧の人類創造は、多次元・多空間で完成されたものであるからこそ、その作業方式や生産成果が多々の超現実的な奇跡を見せたのである。

 要するに、中国の文化思想を背景にして女媧神話を考察すれば、女媧の単性生殖および人間創造の奇跡は、少しも不条理の要素がなく、かえってきわめて合理で自然的なものである。

まとめ

 前史の諸神話の中で、女媧神話は戦国時代の文献『山海経』、『離騒』を経て、漢代の『淮南子』、『風俗通』に至って、人類創造と人世救済の女神として女媧の地位が次第に確立された。唐宋時代の文献『独異志』、『路史』になると、さらに婚姻制度を定め、楽器・音楽を制作する文化の祖などの内容が加わってきた。すなわち、伝承に伴う内容の総合、融合、増減によって、女媧神話が次第に豊富となっていき、本来の原始的な人類創造から天地開闢さらには文明教化へと展開していったものと考えられる。

 女媧は人を造り、天を補修し、地を治めたが、これらの偉業は、伝統思想の天地人という三才にそれぞれ対応しており、そして婚姻制度を定め、楽器・音楽を作るなど人類文明の進展をもって、女媧神話を立派に完成させた。女媧は、生命創造、天地開闢、文明開化という三つの栄冠を共に有することは、中国神話史上で女媧神話をおいて他には例を見ないのである。

 女媧神話は、盤古の天地開闢に次いで、この世に登場しかつ三才においても煌々たる偉大な功績を残したものとして、きわめて意味深いものである。すなわち、中国の神話は女媧の登場によって、天上から人間界へ展開され、また人間界と天界とのつながりや相互作用によって、中国文明の明けの明星が現れ、それと共に中国文化の基礎もひそかに定められていったのである。

(文・孫樹林)

 

 

 

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