古代中国の物語

一諾千金 信義を重んじる古人

2015/12/17 07:00

 「信」とは何でしょうか。「信」は儒家の云う五徳「仁、義、礼、智、信」のうちの一つです。「人をして信無くば、その可なるを知らず」と孔子は述べています。信義を重んじない人は社会に居場所がなく、何事も成し遂げることができないという意味です。それ故に古の人々は誠実であることを道徳の涵養の基礎とし、自らの身を修め、家庭を整え、国を治め、太平の世を成す規範としたのです。

 古代から今日に至るまで、大勢の志士たちが「信義を守るためなら自らの命をも顧みない」という覚悟を持って生きていました。その意志の強さには、現代社会の人々が大いに学ぶところがあります。

死に直面するも信義を貫く

 時は南北朝時代の北魏。政治家であり軍人でもあった崔浩(さいこう)は、魏の国の歴史書「国書」を詳細かつありのままに書き上げたため、皇帝太武帝の怒りを買って処刑されました。歴史書の編纂に参加した大臣の高允もまた、その責任を追及されます。太武帝の皇太子は高允を助けようと彼を皇帝のもとに連れていき、死罪を免除してもらうよう頼みました。「高允は常に注意深く行動しており、身分も高くはありません。『国書』の編纂を主導したのは崔浩です。どうか高允の死罪を赦免してください」と皇太子が奏上すると、皇帝は「『国書』は全て崔浩が書いたのか」と高允に尋ねました。高允は「そのうちの一部は私が崔浩と共に記したものですが、彼はあくまで総括役であって、私のほうが多く書きました」と答え、それを聞いた太武帝は「高允は崔浩よりも罪深いというのに、生かしておくわけにはいかない」と激怒しました。皇太子は慌てて、「高允は天子の盛大なる威厳に度肝を抜かれ、戯言を言ったのでしょう。以前私が訊ねた時には、『ほぼ全てを崔浩が書いた』と申しておりました」と高允を弁護しました。皇帝が再度事実を確認すると、高允は正直に答えました。「皇太子は私を憐れに思い、何とか助けたい一心で申しているのです。実際には、我々の間にそのようなやりとりはありませんでした」

 高允の話を聞き終わった太武帝は、皇太子に言いました。「彼は本当に正直で素直な人である。死を目前にしながら嘘をつかない姿勢には彼の誠実さが、皇帝を騙さない姿勢には大臣としての忠誠心が現れている。特別に彼の罪を許し、表彰すべきだ」と。こうして高允は赦免され、百歳近い天寿を全うしました。

約束を守り 福報を得る

 清王朝の光緒帝庚寅(1890)年、銭塘(現在の杭州)の徐少漁という人が彝斋(いさい)から銀貨100枚を借りました。借用書等は作成せず、口約束で「1年後に全額を返す」としました。翌年8月、徐少漁は病に倒れ、自分の死が間近に迫っている事を感じていました。徐少漁は病床で「もうすぐ返済の期限が来るというのに、死んでしまったらどうしよう」と独り言をつぶやき続けました。彼の妻は「借金をしている証拠は無いのだから、無理に履行する義務も無いでしょう。だから悩まなくていいのです」と言いましたが、徐少漁は「彼は私を信頼して借用書を作成しなかったのだ。約束を破って、彼を裏切るわけにはいかない」と返済を決意しました。こうして彼は、家にあった玉製の装飾品と毛皮のコートを妻に売らせて銀貨90枚に換金し、残りの10枚は知人から借りて何とか期限内に返済しました。数日後、徐少漁の体調は回復し、もと通りに生活できるようになりました。

誠信で国を治め 人心を得る

 ある時、弟子の子貢が国の治め方について孔子に尋ねました。「食糧が豊富にあり、軍備が整っており、民衆が統治者を信頼していればよい」と孔子は答えました。「もしやむを得ずそのうちの一つを無くすとすればどれでしょうか」という子貢の問いには、「軍備を無くす」と答えました。子貢は続けて、「ではその次に無くすとすればどれでしょうか」と問いました。孔子が答えて言うには、「食糧を無くす。古今東西に於いて死なない人はおらず、食糧が無くても飢え死にするだけだ。だが国民の信頼を得られない国家や政府は、必ず滅亡する」

 唐王朝の貞観(じょうがん)元年、朝廷にのさばっている悪い大臣を排除するよう、太宗皇帝に上奏した人がいました。皇帝はこの建議に深い関心を示し、この人に自ら会って話を聞きました。彼は皇帝に「名案」を説明し始めました。「陛下が大臣と政策について議論する際、わざと誤った意見を述べ、それを固持してください。そして、反対する者に激怒してください。こういう時に恐れずに正しい意見を述べることができる大臣は、忠誠心がある良い大臣です。逆に、陛下の威厳を恐れて意見に迎合する大臣は奸臣です」

 聞き終えた太宗皇帝はこう述べました。「皇帝が自ら権謀術数を用いては、大臣や国民が正直で誠実になるはずがないではないか。確かに魏の武帝・曹操は人一倍機転に富んでいて謀略をよく用いたが、彼の真似をするのであれば国民を教化することなど出来なくなるだろう。私は信用や誠実であることの重要さを天下に知らしめたいのであり、忠誠の心で以てこの国を治めようと考えているのだ。邪道を用いるつもりはない。よって、あなたの策略は明案ではあるが、私には使うことができないのだ」

(翻訳編集・文亮、叶子)

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