人物

「影のドン」曽慶紅 江沢民の腹心として登り詰めた人(2)

2016/12/30 21:23

曽慶紅 特務システムを一手に握る

 曽慶紅は表向き、情報システムの主管を務めたことはない。だが両親の残した広い人脈を使いながら、自身がかつて中弁主任、組織部長のポストにあった時の人脈、そして「石油閥」「上海閥」「江家閥」、さらに自身の出自である「江西閥」を巧みに利用して、情報スパイ系統に全面的に介入し、巨大な情報帝国を築き上げ、中国共産党情報スパイ系統の影のドンに君臨するに至った。

 曽慶紅が政治局に入った時、政治局の常委において統一戦線は賈慶林が、公安、国安(中華人民共和国国家安全部)は羅幹と周永康が担当していたが、彼らはみな「江家閥」メンバーだった。

 曽慶紅の幼馴染で、「紅色兄妹」と呼ばれた女性幹部の劉延東は、かつて「海外情報の収集については、統一戦線に勝るものはない。国安は、中国に対する外国の諜報活動を防止する役割を果たしているに過ぎない」と発言している。劉延東が統一戦線部長を務めていた02年から07年は、曽慶紅が情報系統を海外まで拡大した時期と一致する。

 香港における中国共産党の諜報活動は以前から存在していた。97年の香港返還前がその活動がピークになり、この時は各系統の情報機関が入りみだり最も混乱していた時期でもある。03年7月、香港で『基本法』第23条に反対する市民約50万人が集まり、大規模なデモが発生した。

 中国共産党はこうした状況に対応するために、十八の部門からなる中央香港マカオ工作協調チームを組織し、国家副主席の曽慶紅を責任者に据えた。曽慶紅はこのときに以前の各情報機関を引継ぎ、再編成して自身の手による大規模な安全情報システムを構築した。曽慶紅が設立した一連の情報システムは、引退後も、維持され続けている。

(おわり)

(翻訳編集・島津彰浩)

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