中国「第二の軍事力」武装警察の2重管轄解消へ、クーデター実行の過去も

2017年11月06日 13時00分

 「第二の軍事力」と称される武装警察部隊(以下、武警部隊)に習近平政権はメスを入れた。中国全人代は10月31日、武警部隊改革の草案を審議した。同中央会議で武警部隊トップの王寧・司令員は改革の方針について「中央指導部・中央軍事委員会による一括集中指導を強化する」と述べ、改革で指揮・管理の体制、組織構造を見直すと説明した。改革案の詳細はこれから決めていくという。

 在米中国問題専門家の鄭浩昌氏は中国語衛星放送局の新唐人テレビ(本部、ニューヨーク)に対し、「改革は2つのポイント。一つはこれまでの中央、地方公安当局による『二重指導体制』から『中央一括指導体制』に移行。一つは組織のスリム化を図り、人員を大幅に削減すること」と予想した。

  中国共産党の座右の銘は「銃口から政権が生まれる」。軍を支配する者は政治を支配するという意味だ。党内の基盤が弱かった江沢民が鄧小平に選ばれて90年代はじめ国家主席(総書記)に就任してから、軍のほか、武警部隊にも人脈ネットワークを築き、武警の規模を100万人から推定150万人に大幅に拡大し、非殺傷武器以外に威力の大きい武器も保有するようになった。武警部隊の予算は一時軍を超え、「第二の軍事力」とも言われた。

 次期胡錦濤指導部では江沢民一派が引き続き軍(武警部隊)を実効支配したため、実質上、胡錦濤は政治の主導権を握ることはできなかった。胡錦濤・温家宝の命令は中南海(党首脳部)から出ることはなかった。

 在米中国人政治学者の唐靖遠氏は「武警部隊の勢力が拡大し過ぎているうえ、江沢民派の勢力が残存している。習近平政権にとって相当な脅威である」と改革実施の背景を分析した。指導部内部からの情報では、2012年2月江沢民派の末端人物、重慶市副市長の王立軍の米領事館駆込事件により、政治闘争で不利な状況に転じた江沢民派が3月19日、武警部隊を使って未遂に終わった政変を引き起こしていた。

 習近平指導部は発足後、軍部同様、武警部隊の上層部人事をも大幅に整理した。今年6月、トップの司令員、副司令員3人、副政委1人があいつぎ、汚職や厳重規律違反の容疑で刑事訴追または解任され、19人の主要幹部が調査を受けている。現上層部はほとんど習近平氏が新たに任命した。地方では半数以上の省の武警部隊の責任者が更迭された。

 中国問題専門家、大紀元本部のコラム二スト夏小強氏は、今後の改革により、江沢民派が習近平陣営に反撃する最後の術がなくなるとみている。

武装警察はどんな部隊?

武警部隊の主体は内衛部隊、国内の治安維持や国境防衛などを担う準軍事組織で1982年に設立された。公安部が行政上管轄しているが、同時に中国共産党中央軍事委員会の指導下にもある。隊員は中国人民解放軍の兵士・将校と同様に、現役軍人としての資格・権利を持つ。

武警には中央軍事委員会の下に武警総部がありその総部直轄指揮下の内衛部隊、武警総部と国務院関連機関指導下の「水電、黄金、交通、森林」の警種部隊、そして公安部の辺防、消防、警衛局の指導を受ける公安系統の三種類の部隊がある。

内衛部隊は直轄また警種、公安系統の部隊についても軍事、政治及び後方支援業務については武警総部の指導を受ける。

近年、中国国内で立ち退き問題、政府職員との衝突が原因で、市民による暴動が多発している。こうした暴動の弾圧に武警が出動することが多く、市民の間に悪評高い。

  (翻訳編集・叶清)

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