中国新指導部に大抜擢された「政界の不倒翁」王滬寧氏、どんな人?

2017年11月06日 20時00分

 居心地が悪かったのか、中国を牛耳る7人の最高指導部の一人として紹介された王滬寧氏は落ち着きがなかったように見える。地方首長の経験がなく、歴代最高指導者のゴーストライターとして黒子に徹してきたが、突然の大抜擢に本人は誰よりも驚いたかもしれない。

 今年62歳の王氏は山東省出身。名門・上海復旦大學国際政治科で学んだあと、同大で教鞭を執っていた。1995年、当時の江沢民氏の目に止まり、中央直属機構の中央政策研究室に異動し、中央政界入りした。その後、指導部のトップブレーンとして理論の構築に専念していた。江沢民氏の「三つの代表」、胡錦濤氏の「科学的発展観」、習近平氏の「中国の夢」、そして今回の党大会で党規約に盛り込まれた「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」はいずれも同氏が手がけた。

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 「主君に伴うは虎に伴うが如し」、浮き沈みの激しい政界では三代にわたり、指導者を仕えた王氏は「不倒翁」(起上がり小法師)と言われている。勝ち続ける理由はその性格にあると彼を知る人は言う。

 「非常に用心深い人だった」と復旦大學の同僚で、紐約城市大學的政治學教授ニューヨークシティ大学の教授夏明氏はこのように懐述した。「控えめで派閥争いに関わる気のない人で、本心は決して見せない」

 王氏は紅い血統を持っていない。しかし、80年代に中国国家安全部副部長の娘と2度目の結婚を果たし、瞬く間に全国最年少の教授に昇進した。

 上層部の目にとまったのは1989年の天安門事件の時だった。弾圧に強硬な姿勢を見せていた当時の上海市トップ江沢民氏の考えを支持していた。中央政策研究所に入所後、政策通として頭角を現した。江沢民時代に、「主席特別補佐」として江氏の外国訪問に随行していた。胡錦濤時代にも北海道の洞爺湖で開催されたG20など重要会議にも姿を見せていた。習近平氏が就任すると、オバマ前米大統領との会談に出席するなど、三代にわたって寵愛を受けている。

 10月下旬の党大会で発表された、3時間半にも及ぶ習近平氏の政治活動報告も同氏が作成した。10数年間、中南海のトップブレーンとして居続けられたのは「指導者の考えをよく理解できているからだ」と清華大学の朱旭峰教授は指摘する。

 天安門事件で共産主義への不信感が中国で渦巻き、共産党執政の合法性が疑問視されていた。王氏は指導者のために「迅速」に新たな理論を見つけた。それは新保守主義と民族主義。その主張は愛国主義や伝統回帰を重んじ、欧米の民主主義を拒むというものだ。時代の動きや指導者の考えを正確に捉えた王氏の強みのようだ。

 そうした考えは習近平氏の考えと合致したのか、習近平氏が10月18日の党大会で行った政治活動報告で、建国100年を迎える今世紀半ば(2049年)、中国をアメリカと肩を並べる「トップレベルの総合力と国際的影響力」を持つ強国になるという目標を掲げた。

 政治評論家胡平氏は大紀元に対して、王氏の今回の昇格は幾つかの要素が重なった結果だと分析する。「王氏は習思想の構築に大きく貢献したからだと思う。今後も習思想を充実化させていくため、同氏の助力が不可欠だろう」と述べ、派閥色が薄いことも今回の「勝因」と胡平氏はみている。

                         (李沐恩)

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