THE EPOCH TIMES

特別リポート:ロヒンギャの惨劇 彼らはどう焼かれ、強奪され、殺害されたか

2018年02月12日 19時00分

ー 仏教徒村民によると、軍の兵士や武装した警察官がインディン村の仏教徒住民を集め、そのうちの少なくとも2人がロヒンギャ住民の家に放火した。

ー 3人の武装警察官およびラカイン州の州都シットウェの警察官によると、インディン村のロヒンギャ集落を「浄化」する命令は、軍の指揮系統を通じて下された。

ー インディン村の仏教徒行政官と武装警官によると、武装警察隊の数人がロヒンギャ住民から牛やオートバイを売却目的で略奪した。

<政府側は軍の作戦を擁護>

ロイターが入手したこれらの証言や情報について、ミャンマー政府はどう反応しているのか。

スポークスマンであるZaw Htayはロイターに対し、「人権侵害の申し立てがあることは否定しない。そして、全てを否定してもいない」とし、もし不法行為について「十分かつ信頼できる一次証拠があれば、政府は調査を行う」と語った。「そして、証拠に間違いがなく、暴力があったことが分かれば、我々は現行法に従って必要な行動を取る」と述べた。

インディン村のロヒンギャ集落を「浄化」するよう命令を受けたという武装警官たちの証言については、「証明が必要だ。内務省と警察当局に聞かなければならない」と返答。武装警官たちによる略奪に関しては、警察が捜査するだろうと語った。

同スポークスマンは、仏教徒村民たちがロヒンギャたちの住宅を焼き討ちしたとの情報には驚いた表情で、「いくつも様々な異なった申し立てがあるが、誰がそうしたのかを証明することが必要だ。今の状況下では、それは非常に難しい」と付け加えた。

一方、同氏はラカイン地域における軍の作戦を擁護した。「国際社会は誰が最初にテロ攻撃を仕掛けたのか理解すべきだ。もし、そうしたテロ攻撃が欧州各国や米国で、例えばロンドン、ニューヨーク、ワシントンで起きたら、メディアは何と言うだろうか」。

<隣人に牙をむく隣人>

一連の出来事は昨年8月25日、ロヒンギャの反政府集団がラカイン州北部にある警察署と軍の基地に対して行った襲撃から始まった。身の危険を感じたインディン村の数百人の仏教徒村民たちは修道院に逃げ込んだ。8月27日、ミャンマーの第33軽歩兵部隊およそ80人が同村に到着した。

村の5人の仏教徒によると、部隊を統率する兵士の1人は到着後、彼らに対し、治安作戦に参加することもできると持ちかけた。実際に仏教徒の「治安グループ」から名乗りを上げる者が出たと言う。

その後の数日間で、兵士、警官、仏教徒村民たちは同村のロヒンギャたちが住む家のほとんどに放火した、と10人以上の仏教徒住民がロイターに証言した。

警官の1人は、ロヒンギャが住む地区へ「出かけて浄化する」よう司令官から口頭で命令を受け、放火しろと言う意味で受け止めたと話した。インディンの北にあるいくつかの村に何度か襲撃を仕掛けたという別の警官もいた。その警官とインディンの仏教徒行政官であるMaung Thein Chayによると、こうした治安部隊は村人たちに紛れ込めるよう民間人のシャツを着ていたという。

ロヒンギャたちがインディン村から逃れた後に起きた略奪について、仏教徒たちがニワトリやヤギなど奪う一方、オートバイや畜牛といった価値の高い物品は第8治安警察隊の隊長が集め、売り払ったとの証言もあった。この隊長であるThant Zin Ooは、ロイターの電話取材に対し、コメントしなかったが、警察の広報を務めるMyo Thu Soe大佐は、略奪があったかどうか捜査すると話している。

昨年9月1日までには、数百人のロヒンギャ住民がインディンから近くの海岸に避難していたと、複数の目撃者は話す。彼らの中に、殺害された男性10人がいた。彼らのうち5人は漁師または魚売りだった。その他の2人は店の経営者、2人は学生、1人はイスラム教指導者だった。

ロヒンギャたちの証言によると、このイスラム教指導者Abdul Malikは食べ物や竹を取りに村に戻っていた。避難場所に戻る時、少なくとも7人の兵士と武装した仏教徒の村人が後をつけてきた。その後、兵士はロヒンギャたちから男性10人を選んだという。

その夜に撮影された1枚の写真には、村の小道にひざまづく10人の姿が写っている。仏教徒村民の話では、9月2日、彼らは墓地近くの低木地に連行され、そこで再び写真を撮られたという。

兵士らは彼らに、行方不明となっている仏教徒の農民、Maung Niの消息を問いただした。ロイターの取材に対し、複数の同州仏教徒とロヒンギャ住民は、10人のうちの誰かと行方不明の農民を結びつける証拠については何も知らないと答えた。

仏教徒3人は、兵士がこの10人を処刑場所に連行するのを目撃したと話した。墓穴を掘った1人である元軍人のSoe Chayによると、現場を仕切る将校が、行方不明になっているMaung Niの息子たちを呼び、最初の一撃を加えるよう促した。そして、長男がイスラム教指導者のAbdul Malikを斬首にし、次男も他の男性の首を切り落としたという。

殺害後の様子をとらえた写真をロイター記者に提供したラカイン州の長老は、その理由をこう語った。

「この事件で起きたことをはっきりさせておきたい。この先、二度とこのようなことは繰り返して欲しくない。」  

(Wa Lone、 Kyaw Soe Oo、 Simon Lewis、Antoni Slodkowski 翻訳編集:北松克朗、伊藤典子)

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