THE EPOCH TIMES

戦争に苦しめられたベトナムの老兵、やっと幸せを掴んだ

2018年07月09日 20時00分

ベトナム・イエンバイ省(Yen Bai)に住むNguyen Van Baiさんはベトナム戦争を経験した退役軍人。戦争中、彼は化学薬品に汚染された水を誤飲したため、さまざまな病気にかかった。長年、病気と闘ってきた彼だが、今は穏やかな日々を送っている。その方法とはー

戦争から生還したが…

1973年、彼は18歳で歩兵となり、ベトナム戦争に戦闘員として参加した。5年後、彼は勲章を付けて故郷に帰ってきた。その時、まだ23歳だったが、若者の活力はまったく湧いてこない。あの戦争でベトナムの土地も人間もひどく痛めつけられた。

戦争中は銃撃や感染病、毒アリ…常に死と隣り合わせだった。アメリカ軍はベトナム戦争中、ゲリラの隠れ家と食糧源を破壊する目的で〈枯葉作戦〉を実施、推定1200万ガロンの枯葉剤を各地に散布した。中でも一番致命的なのは、非常に毒性の強いダイオキシンを含む枯葉剤。多数の兵士と国民がそれに苦しめられた。Nguyen Van Baiさんもその一人。

チュオンソン山脈西部での野戦で、彼は枯葉剤が散布された森林を通過したとき、暑くて喉が渇いたため、川の水を飲んだ。しかし、その水が汚染されていたとは知らなかった。彼はその後長い間、この汚染水で苦しむことになった。

除隊後の苦労

除隊後、学校に戻って機械製造の勉強をしていた。当時は食糧不足で、長い間、国民は植物の種子を食べていた。そのため、彼は大腸炎、過敏性腸症候群、便秘や痔になった。激しい痛みで彼は座ることもできず、いつも立っているしかできなかった。

その後、汗管腫と診断された。これは枯葉剤によって引き起こされた皮膚疾患だ。一方、学業では優秀な成績を収めたが、二人の教師の対立の犠牲者になって、彼は卒業できないまま退学した。

1984年に結婚し、子供にも恵まれた。家族を養うため、病気がちでも会社を20年間勤め上げ、定年退職した。その後、貯金を切り崩して生活していた。

生活のために、彼は紅茶の輸出販売を始めた。当時これがとても良い商機だったため、彼は多額な資金を注ぎ込んだ。しかし、中東戦争の勃発により、海外への輸出が不可能となり、ビジネスは失敗に終わった。夢がまた一つ、砕かれた。

健康状況の悪化

加齢とともに、彼の健康状態は悪化し続けていった。関節炎と神経痛の症状も現れた。関節の痛みで手を挙げることも後ろに回すこともできない。強い痛みで体はバラバラになったような感覚だった。このように枯れ葉剤による後遺症が次々と現れていた。

苦痛を和らげるため、医者は痛み止めの薬を処方した。それを大量に服用したため、今度は腹痛が起こった。それだけでなく、結膜炎によって彼の視力は低下して、日常生活にも支障を来たした。さらに重度の乾癬(かんせん)にかかり、体のいたるところに赤い発疹が現れ、かゆみや痛みに苦しめられた。唯一の治療方法は、定期的にレーザーで焼灼(しょうしゃく)して患部を取り除くしかない。いつも長袖を着て発疹を隠していた。

漢方薬も試してみた。少し改善されたものの、完治には至らなかった。

健康の悪化で、彼はだんだん意気消沈していった。「死んだほうがましだ」という思いが何度も頭をよぎった。

公園での出会い

関連キーワード
LINE NEWSに『中国の今を伝える 大紀元時報』を登録する方法
^