【子どもの教育に役立つ物語】改心のチャンスを与えよう

古代中国では身を修めることが重んじられ、子どもへの教育は、人格を磨き、訓練することが重要視されていた。それに関連する逸話や物語はたくさん伝えられており、現代人にとって学ぶ価値の高い内容のものも残っている。その中で、心に残る逸話をここに紹介する。

昔、ある寺の住職が、年の若い和尚を特別にかわいがっていた。住職は今まで習得したものを全部この和尚に伝授し、将来、立派な仏教徒にさせるつもりだった。しかし、若い和尚はある日俗念が生じ、こっそりと山を下りてしまった。きらびやかな都会生活に魅了された和尚はその後、色町にも出入りし、気ままに遊び暮らすようになった。

20年が経ち、ある月の非常に明るい晩のことだった。堕落した生活に明け暮れた和尚は、手のひらを明るく照らす月の光を眺めて、ふと後悔の念が生じた。彼は、すぐに着替えて寺院へ急ぎ、住職の許しを請うた。しかし、住職は彼の道楽ぶりを嫌悪し、受け入れようとしなかった。「あなたの罪は深く、きっと地獄に落ちるでしょう。供え物を置くテーブルに花が咲かなければ、仏様のお許しはないでしょう」と和尚に冷たく言い放った。和尚は落胆して寺院を去った。

翌日、住職が仏堂に入ると驚くべき光景があった。テーブルの上に、花がたくさん咲いているのだ。すぐに悟った住職は急いで山を下り、弟子を探した。しかし、時はすでに遅く、意気消沈してやる気を失った和尚は、再び道楽な生活に戻っていた。仏堂のテーブルに咲いた花は、わずか一日で終わった。その夜、住職は遺言を残し円寂した。遺言には、「この世では、誤った道から戻れないことはなく、誤りを正せないこともない」と記されていた。

本当に改めたいと思う善なる一念は、まるでテーブル一面に咲いた花のようであり、奇跡である。しかし、その奇跡をいとも簡単に消してしまうのは、過ちを犯したことではなく、信じてあげられず、許しを与えないという冷たい心である。

(編集・望月 凛)

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