世界で一番物忘れのひどい人

昔、魯の哀公が孔子に尋ねた。「物忘れのひどい人が引っ越しをした時に、妻を置き去りにしてしまい、焦って妻を探し回ったという話を聞きましたが、世間にこのような人は本当にいるのでしょうか?」

孔子は言った。「このような人は、物忘れがひどいとは言えません。それよりひどい人は『己』を忘れてしまった人です」

哀公が言った。「それは、本当に物忘れがひどいですね。どのような人を指すのでしょうか?」

孔子は答えた。「昔、夏の桀王は天下を手中にし、富貴を極めましたが、先祖の教えを忘れ、法制を破壊し、祭祀を廃止し、酒色や享楽におぼれました。奸臣は阿諛追従(あゆついしょう・相手に気に入られようとして、こびへつらうこと)し、忠臣は罪科が下されるのを恐れ、口を閉じました。結局、桀王の統治は反乱に遭い、終焉を迎えました。桀王のような人こそ、人の道理を忘れ、己を忘れた世界で最高に物忘れのひどい人です」

(『孔子家語』より)
(翻訳編集・柳小明)