崇明島は上海の近く、長江の河口付近にある中国で三番目に大きな島である。崇明島には、色あせない美しい伝説が今も残っている。

 昔、現在の崇明島が現れる以前、ここには大きな村があった。長い歳月が流れ、繁栄と衰退を繰り返すにつれ、村人たちの心は徐々に複雑になっていった。彼らは寛容さや誠実さ、優しさといった善良な心を失い、代わりに貪欲さやずる賢さが心を占めるようになった。しかし、わずかながら自分を律する善良な人もいた。その中でも取り分け尊敬されていたのが、崇明親子である。

 家はとても貧しかったが、崇明の母親は人間として守るべき道徳心の持ち主で、他人とは言い争わず、誠実で心の優しい人物だった。母親の教えの下、崇明は誠実で高尚な青年に育ち、わずか十二、三歳にもかかわらず村人達から尊敬されていた。

 時が流れ、村人たちの道徳は急速に堕落した。彼らは、大きな災難が待ち受けているとも知らず、贅沢三昧の生活を続けていた。

 ある日、油売りの翁が村にやって来た。視力が悪い為、客に油の分量を教えてもらい、その量に応じてお金を取ることにしていた。村人たちは瓶いっぱいに油を入れ、少量の油だと嘘をつき、たくさんの油を翁から搾り取った。あっという間に油が売り切れると、空が暗くなり始めた。翁はため息をつきながら帰り仕度をした。

 その時、油が入った瓶を抱えて崇明が翁に向かって走ってきた。「すみません、私は500グラム分のお金しか払っていないのに、瓶になみなみと油を入れてしまいました。これでは、あなたを騙したことになります。家へ帰った後、母に厳しく叱られました。お恥ずかしい限りです」と話し、翁が止めるのも聞かず、油桶に瓶の中の油を半分まで戻した。翁は嬉しそうに崇明の頭を撫でながら言った。「こんなご時勢でも、まだこんな親子がいるとは素晴らしい。そうだ、正直に話そう。私は昔、河川工事をしていたのだが、ここ数年の様子からみて、君たちの村はまもなく大きな洪水に見舞われる。誰も助かる者はいないだろう。私は天からのお告げに従い、君らのような救われるべき者を探していたのだ。少年よ、家に戻ってお母さんに伝えなさい。村はずれの石獅子の首から汗が流れ出るのを見たら、すぐに山の上へ避難しなさい。しっかり覚えておくんだよ」。そう言い残し、翁は油桶を担いで去って行った。

 崇明はすぐに、翁の言ったことを母に伝えた。崇明と母は、村人たちに油売りのお告げを伝え回った。善良な人たちは信じたが、贅沢三昧の生活を送っている人たちは彼らをあざ笑った。崇明親子は他人の態度を気にせず、ひたすらお告げを知らせまわった。

 間もなく、翁の忠告は現実となった。崇明はある朝、村外れの石獅子の前に行くと目をみはった。石獅子の首が汗水で濡れている。彼は急いで村へ戻り、大声で村中の人に避難するよう呼びかけた。崇明を信じていた人たちはすぐに山の上へ走った。崇明は足が不自由な母を背負い、村人たちを誘導しながら最後方を走っていた。ちょうどその時、突然天地が暗くなり、津波が怒涛のごとく押し寄せ、一瞬にして村を飲み込んだ。津波の衝撃で大地のあらゆる所に亀裂が走り、大波が逃げている人たちへと襲い掛かってきた。どれ程走っただろうか、崇明は疲れ果てて走れなくなった。彼は全身の力で、背負っている母を前へ押し出した。その瞬間、大地を飲み込む巨大な津波は止まった。親孝行の崇明は母と村人たちを助けたが、自分は津波の犠牲となってしまった。

 生き残った人々は彼への感謝の意を込めて、村の跡地に出来た島を崇明島と名づけた。崇明が自らを犠牲にして人々を救った話は、長く語り継がれていった。

 

 (翻訳編集・天池 花蓮)