THE EPOCH TIMES
大紀元社説シリーズ『共産党についての九つの論評』

【第八評】中国共産党の邪教的本質

2018年01月10日 06時00分

三 共産党邪教の本質

なぜ共産党はこれほど凶暴で邪悪なのだろうか?共産党という「亡霊」がこの世に来た時に、非常に恐ろしい使命を背負っていた。『共産党宣言』の最後に非常に有名な一節がある。

「共産党員は自らの見解と目的を隠しごまかすことを潔しとしない。彼らは、自分たちの目的は、暴力により全ての現存する社会制度を覆して初めて達成できると、公然と宣言するのだ。統治階級を共産主義革命の前で怯えさせよう。プロレタリアがこの革命の中で失うのは鎖であり、彼らはこれから全ての世界を得ることになる」

この「亡霊」の使命はほかでもなく、公に暴力で人類社会に挑戦し、旧世界を打ち壊し、「私有制を消滅させ」「資産者の個性、独立性と自由を消滅させ」、搾取を消滅させ、「家庭を消滅させ」、世界はプロレタリアに統治される。

この政党は公に「人間をいじめ、物品を壊し、建物を崩壊させる」と宣言し、この考えが邪悪であることを認めるどころか、『共産党宣言』の中で、胸を張って次のように述べた。

「共産主義の革命はほかでもなく、従来の所有制関係と徹底的に決裂することである。何も驚くことではないが、共産主義は自らの発展の過程で、伝統的な観念とも完全に決裂する」。

社会の伝統的な観念はどこからきたのだろうか?無神論の自然の法則から言えば、自然の規律と社会規律の必然的な結果であり、宇宙の運動の結果なのである。有神論の観点から言えば、人類の伝統と倫理道徳は神から人間に伝えられたものである。その起源がどこにあるかに関係なく、最も基本的な倫理道徳、行動規範、善悪の基準は相対的な不変性を有し、千年来人類の行動を規制し、社会存続の基礎を維持してきた。もし人類に道徳の規範と善悪の基準がなければ、人間は獣になってしまうのではないのだろうか?『共産党宣言』は「伝統的な観念と完全に決裂する」と決め、人類社会の正常を保つ基礎を脅かす存在となり、従って、共産党は人類を破壊する邪教であると断言できるのである。

『共産党宣言』という綱領を規定した文章の中に、執拗な偏執がいたるところに見受けられるが、仁愛と寛容の心についてはまったく触れていない。マルクス、エンゲルスは唯物主義を通じて、社会の発展の規律を発見し、真理を手にしたと思い込み、全てを疑い、否定し、共産主義の幻を無理強いで人々に押し付け、暴力で現有の社会構成と文化の基礎を打ち壊すことを吹聴した。『共産党宣言』は新しく誕生した共産党にこのような、天理に反しており、人々の人間性を消滅しようとする極端な利己主義で思うままに全てをやってしまう邪な霊を注いだ。

四 共産党の終末論—「党が滅びる」ことに対する危惧

マルクス・エンゲルスは共産党に邪な霊を注ぎ、レーニンはロシアで共産党を作り、無頼らの暴力で二月革命[6]後の臨時政府を倒し、ロシアの資産階級革命の芽を摘んでしまった。政権を奪取した後、共産邪教のためにこの世での足場を確保した。しかし、革命が成功しても、プロレタリアらは全世界を手にすることができなかった。かえって、『共産党宣言』の冒頭に書いてあったように、「旧欧州の全ての勢力は」「連合し」、「この幽霊に対して聖なる撲滅を行おう」とされ、共産党は誕生してすぐ生存の危機に瀕してしまい、いつでも撲滅される危険と隣り合わせの状態であった。

十月革命[7]の後、ロシア共産党ボリシェビキが執政したが、国民に平和で豊かな生活をもたらすことなく、むやみに人を殺していた。前線の敗戦が続く中、後方の経済は革命によって悪化する一方であった。そして国民は蜂起し、瞬く間に内戦が全国に広まった。農民は都市部に食料の提供を拒否し、ドン河流域で大きな暴動が起き、赤軍と熾烈な戦いを繰り広げた。戦争の野蛮さと残酷さはミハイル・ショーロホフ「静かなドン」などの文学作品の中で如実に描写された。ロシア共産党は一時コルチャーク、デニーキンなど元白軍が指導する軍隊から窮地に追いやられ、誕生したばかりの政権であるにもかかわらず、全国民の反抗を受けた。それはすべて、共産党邪教があまりに邪悪で、人々に憎悪の念を抱かせたからである。

中国共産党は中国でも同じような境遇に立たされた。「馬日事変」、「四一二虐殺」[8]から、ソビエト政権地区で五回もの「撲滅」に遭い、その後二万五千里にも及ぶ長征を余儀なくされ、逃げ回っていた。中国共産党は長い間消滅される危機に直面していた。

共産党は手段を選ばずに旧世界をぶち壊し、この世を支配しようとしてきたが、その前に自身が如何にして消滅されることなく、存続していくのかをまず解決しなければならないと気づいた。そのため、共産党は終始消滅される危惧を背負っている。存続していくということは共産党邪教にとって、何よりも重要なことであり、全ての全てである。今日になって、国際共産党陣営が完全に解体し、中国共産党の存続の危機はますます深刻な問題になり、「党が滅びる」という論調は1989年以降ますます現実的なものとなってきたのである。

五 共産党邪教が存続のために講じた手段、即ち残酷な闘争

共産党は一貫して、党に対する党員の絶対的な忠誠、組織性と厳しい規律を強調してきた。中国共産党に入党した際、党員は次のように宣誓しなければならない。

「私は中国共産党に入党することを志願する。党の綱領を擁護し、党の規程を守り、党員としての義務を果たし、党の決定に従う。党の規律を頑として守り、党の機密を漏えいしない。党に対して忠誠であり、一生懸命働き、共産主義のために生涯奮闘し、党と人民のために全てを捧げる用意はいつでもある。永遠に党を裏切らない」(中国共産党規程第一章第六条)

共産党はこの献身的に入信する精神を「党性」と呼んでいる。共産党員として、いつでも個人の理念と原則を放棄できるようにし、党と領袖の意思に対し絶対的に服従することが求められている。善になるようにと言われたら善になり、悪事を働くようにと言われたら悪事を働き、このようにしなければ党員の基準に達していないことになり、党性が確固としたものではないと思われる。

毛沢東は「マルクスの哲学はほかでもなく闘争の哲学である」と言ったことがある。党性の育成と維持は周期的に起こる党内の闘争に頼っている。絶えず党の内部と外部に対して残酷な闘争を起こすことによって、党に対して異議を持つ人を消滅し、人々に恐怖感を覚えさせながら、党の組織を絶えず粛清し、家訓と教義を正し、党員の「党性」感覚を養っている。それにより、党としての戦闘力を強めている。これは共産党が自らの存続を確保するための有効な手段である。

毛沢東は中国共産党の指導者の中で党内闘争という手段を最も巧みに駆使した大師である。その闘争の熾烈さ、手段の下劣さは実は“ソビエト根拠地”で1930年代初期、すでに兆候を表し始めていた。

1930年、毛沢東は江西省“ソビエト根拠地”で大規模な革命恐怖を引き起こした。つまり、AB団粛清運動であった。数千名の紅軍と根拠地にいる党員と青年団団員、一般庶民が無念にも殺された。当時、江西ソビエト根拠地で毛沢東の権威が確立したばかりだったが、李文林を始めとする江西省西南地域の紅軍と党組織の反対に遭った。毛沢東は自らの権威と意思に抵抗する如何なる組織的な反対勢力をも容認することができず、極端な手段で自分と異なる考えを持っていると疑われた党内の同士を弾圧した。毛沢東は「AB団を粛清する」環境を整えるために、わざと自分の直属部隊を対象にまず粛清した。11月下旬から12月中旬にかけて、紅一軍[9]で「迅速粛清」を行った。各師、団、営、連、排で粛清組織を作り、地主や裕福階級出身の党員と不満を持つ人々を処刑した。一ヶ月も経たないうちに、四万人あまりの紅軍の中から四千四百名以上の「AB団」メンバーが探し出され、中に「数十名の団長」(「AB団」の総団長)がおり、全部殺害された。

続いて、毛沢東は“ソビエト根拠地”にいる自身に対して異議を持つ人々に対する粛清を始めた。1930年12月紅一軍政治部事務局長兼粛清委員会主席の李韶九を江西省ソビエト政府所在地富田に派遣し、江西省行動委員会と紅二十軍の八名の上層幹部段良弼、李白芳などを逮捕し、様々な拷問を施した。殴られた人は「身体に傷だらけで、指が折れてしまい、体中火傷でただれ、動くこともできない」。当時の資料によると、被害者の「悲鳴が響き渡り、途絶えることはない。残酷な拷問方法が使い尽くされた」という。12月8日、李白芳、馬銘、周冕の妻らは拘禁中の夫に面会に来た時、「AB団」のメンバーとして捕えられ、拷問された。「地雷公で手を叩き、お香で身体を焼き、火で局部を焼き、ナイフで乳房を切り取る」。残酷な拷問に遭い、段良弼は李文林、金万邦、劉敵、周冕、馬銘が「AB団の幹部」であると証言し、更に紅軍学校の中に「たくさんのAB団メンバーがいる」と言った。12月7日から12日夜まで、わずか五日間の間、李韶九らは富田から「AB団」百二十名あまりのメンバーと幹部数十名を探し出し、四十数名の人を処刑した。彼らの残虐極まりない行動は最終的に、1930年12月12日、“ソビエト根拠地”を驚かせた「富田事変」を引き起こした。(高華『毛沢東在江西蘇区「粛AB団」的歴史考察』を参照)

毛沢東は闘争学を頼りにして、更にそれを実践することによって、“ソビエト根拠地”時代から延安の時代まで、徐々に党内での絶対的な地位を手に入れた。建国以来、この党内闘争が引き続き行われていた。例えば、毛沢東は廬山会議で、突然彭徳懐を打倒し、会議に出席した中央の指導者一人一人は全部賛成の態度を表明しなければならなかった。わずか数名の人は自分の意見を述べたり保留したりしたが、全部「党に反対する彭徳懐グループ」と見なされ、文化大革命のとき、皆迫害され、反抗する余地もなかった。誰も毛沢東に対して物を申す勇気はなかった。共産党は一貫して党に対する忠誠を強調し、組織性と厳しい規律や、教主という領袖に対する絶対的な服従を要求してきた。この党性はほかでもなく、後を絶たない政治闘争から身についたものである

中国共産党の指導者だった李立三は文化大革命のとき批判され、六十八歳の高齢にもかかわらず、毎月七度以上も民衆の前で批判されていた。夫人の李沙は「ソ連からのスパイ」としてすでに牢獄に入れられ、消息が絶えてしまった。彼はどうしようもない絶望の中で、大量の睡眠薬を飲んで自殺した。李立三は死ぬ前に毛沢東宛に遺書を残し、共産党邪教徒は、死を目前にしながらも「党性」を放棄できないことをリアルに反映した。

主席:

今私は自殺し、党を裏切ってしまいました。如何なる方法も私の無実を証明することができません。ただ、私と家族全員は売国のことをしたことはありません。このことだけは、中央が調査し正しい結論を下してほしいのです。

李立三  1967年6月22日

毛沢東の闘争の哲学は最終的に、中国を未曾有の大劫難に導いたが、このように「七、八年毎に起きる」政治運動と党内闘争は確かに共産党の存続を確保する上で大きな役割を果たした。毎回の政治運動の中で、五パーセントの人を懲らしめることによって、九十五パーセントの人々がおとなしく党と同じ路線を取るようにし、それによって党組織の求心力と戦闘力を保ってきた。同時に、良知を放棄したくない「党に対して確固たる心を持っていない」人を淘汰し、対抗してくる人々に打撃を加える。このようなやり方で、共産党内の最も闘争精神が旺盛な、手段を選ばない人だけが権力をコントロールすることができるのである。つまり、共産党邪教の教主は闘争経験が豊富で、強い党性をもつ人の地位を確保してきた。この残酷な闘争はそれを経験した人に「血の教訓」を与え、彼らを暴力的に洗脳した。また、闘争の中で共産党は絶えず充電され、闘争の精神がますます強められ、党が消滅されないことを保障し、闘争を放棄する穏やかな団体にならないように守ってきた。

共産党が要求しているこの党性はほかでもなく、共産党の邪教的な本質から変化してきたものである。共産党は自らの目的を実現させるために、全ての伝統と原則から決裂し、手段を選ばずに自らを妨害している人々を敵に回した。従って、共産党は党員を情も義も信用もない、党に服従している道具に仕立て上げなければならない。共産党のこうした本質は、自らの人類社会と伝統に対する敵視からきたもので、自身に対する現実離れした過大評価、およびそこから派生した極端な利己心と他人の生命への軽視からきたものである。共産党は自分たちのいわゆる理想を実現させるために、暴力で全世界をぶち壊すことも辞さず、異議を持つ全ての人を消滅しようとしている。このような邪教は、良知ある全ての人に反対されるに違いないため、共産党は人間の良知と善良を何としても消滅しようとしているのである。このようにしてはじめて、人々に共産党の邪説を信じ込ませることができるようになる。したがって、共産党は自らの存続を確保するために、まず人間の良知と善良および道徳水準を破壊し、人間を自分の言いなりに従う奴隷と道具に仕立てようとした。共産党の論理から見れば、党の生命と党の利益はこの上ないもので、ひいては全ての党員の利益を合わせたものよりも大事なものである。従って、党員は常に、党のためにいつでも死んでもいいという用意がないといけない。

中国共産党の歴史から見れば、陳独秀、瞿秋白のような伝統的な知識人、胡耀邦、趙紫陽のような国民の利益を重んじる人、朱熔基のような、民のために働くと志した幹部、彼らは党に対していくら貢献しても、個人の野心を持っていなくても、最終的に粛清されたり左遷されたりし、党の利益と規律に制約されてしまう。長年の闘争の中で培った党性はすでに骨まで染み込んでおり、肝心な時になると、彼らは往々にして妥協してしまう。彼らの潜在意識の中で、党の存続は最高の利益であり、自らが犠牲になっても、党内に邪悪勢力が横行しているのを見ても、良知と善なる念を貫くがゆえに党の存続に影響してしまうようなことをしてはならないと思っている。これはほかでもなく、共産党の闘争によってもたらされた結果であり、良い人も共産党の道具になり、党性をもって最大限に人間の良知を制限しひいては消滅してしまう。中国共産党は十数回にも及ぶ「路線闘争」を引き起こし、十数名の党の指導者または指導者として内定された人を打倒し、党の指導者は良い最期を迎えた人は一人もいない。毛沢東は四十三年間中国を統治してきたが、亡くなって間もない頃、彼の妻と甥が投獄され、これは毛沢東思想が勝ち取った偉大な勝利であると全党は歓喜していた。これは喜劇なのであろうか、それとも茶番劇なのだろうか?

共産党が政権を奪取した後、党内から党外まで、政治運動は後を絶たなかった。毛沢東時代はもちろん、「改革開放」以降もこの状況は変わらなかった。80年代、思想がわずかに自由になったが、共産党は「資産階級自由化反対運動」を起こし、「四つの基本原則」[10]を提唱した。なぜならば、共産党は絶対的な指導権を握らなければならないからである。1989年、学生らは平和的に民主化を求めていたが、「六四天安門事件」に遭遇した。なぜならば、共産党は民主的な考えを容認しないからである。90年代に「真・善・忍」を信じる法輪功学習者がたくさん現れたが、共産党は1999年から法輪功学習者を大量に虐殺してきた。なぜならば、共産等は人間性と善なる念を許さない。そのため、暴力をもって人々の心にある良知を全力で壊そうとしているのである。このようにしてはじめて、共産党は自分の権力に安心感を覚えるのである。新しい世紀に入って、インターネットは世界を繋げたが、中国共産党だけが多額な資金を投入し、ネットを封鎖し、ネットで発言し自由を求める人を逮捕・拘束している。なぜならば、共産党は国民が自由に関する情報を手に入れるのをとても恐れているからである。

六 共産党邪教の悪変

共産党邪教は本質から天理を否定し、人間性をぶち壊し、その本性は利己的で、傲慢不遜、そして歯止めのきかない、残忍な行動が身上だ。実際、常に国と民に危害をもたらしているにもかかわらず、永遠に自らの罪を認めようとせず、国民にも自身の本質を見せることも決してしない。また、共産党は頻繁にスローガンと看板を変えることをまったく気にしていない。この全ては共産党から見れば手段に過ぎず、共産党の存続という大きな目標に有利であれば、共産党は何でもやりかねない。共産党にとって、道義や原則などはまったくないのだ。

この制度化、社会化された邪教は今後の行方として完全な堕落に向かうしかない。権力が少数の人に高度に集中しており、世論と各種の監督部門に対する制約によって、如何なる人も組織も共産党が堕落と腐敗に向かっていくことを止めることができない。

今日の中国共産党はすでに世界最大の「汚職党」「腐敗党」になってしまった。中国政府の統計によると、全中国に二千万あまりの党の幹部と政府幹部がおり、二十数年以来、すでに八百万にも上る幹部は汚職で、党の規律と政府の規律および法律に基づいて、処罰された。この上、まだ明るみに出ていない汚職幹部の数を合わせると、実はすでに三分の二の幹部が汚職していることになる。今知られているのはまだわずか一部だけに過ぎない。

汚職・腐敗し、自分のために金をもうけ、うまい汁を吸うというこの物質的な利益は中国共産党を一丸となった向心力にしているのである。共産党がなければ、彼らに腐敗の機会もなく、ある日共産党が倒れたら、彼らが失うのは権力と官職だけではなく、処罰されてしまう恐れもあると、腐敗した幹部らは分かっている。黒幕を暴露した小説『天怒』の中で、著者は市政府事務局副局長 相寿のせりふを通じて、共産党の天機を漏らした。つまり「腐敗は私たちの政権を更に固めた」ということである。

「腐敗に反対すれば、党が滅びてしまい、腐敗に反対しなければ、国が滅びてしまう」ということを、国民ははっきりと分かっている。しかし、共産党は党が滅びる危険を冒してまで腐敗に反対しないのである。共産党はただ、国民に腐敗に反対していることを見せるために、何人かの腐敗幹部を殺すだけである。何人かの腐敗幹部の命で、共産党の向こう数年の延命を得ようとしている。共産党邪教が今日になって、唯一大事に思っているのはいかに権力を保ち、党が滅びることを避けるかのことだけである。

今日の中国では、倫理と道徳は深刻に破壊され、偽商品は氾濫し、売春婦はいたるところを徘徊し、麻薬もまた出回り、役人と暴力団が結託し、暴力団は社会に横行している。ギャンブル、収賄、汚職腐敗など社会に害を与える現象ははびこっている。しかし、共産党はこれらの行為を放任しており、しかも多くの高官は、その見返りとして賄賂を徴収している黒幕である。マフィアを研究している南京大学の学者蔡少卿の推算によると、中国のマフィアのメンバーは少なくとも百万人くらいいるという。一つの暴力団を撲滅する度に、背後にある政府要員、裁判官、警察官など共産党の腐敗幹部が暴露される。

中国共産党は人々が良知と善なる念を持つことを恐れているために、国民に信仰の自由を与えようとしない。信仰を求める良い人、例えば真善忍を求める法輪功学習者、イエスと神様を信じている地下教会のメンバーに対して、中国共産党は極まることなく、その残酷な迫害手段を駆使している。民主政治により一党独裁が滅亡してしまうことを恐れているため、共産党は国民に政治の自由を与える勇気はない。独立した考えを持つ人々、ひいては民間で人権を守る人々はたびたび投獄される。しかし、中国共産党は中国人に別の自由を与えた。つまり、政治に関心はなく、党の指導に反対しなければ、自分の如何なる欲望をも放縦してよい。ひいては邪悪で天理に反することさえやってもよい。これによって、中国共産党の堕落が加速され、中国社会の道徳は日増しに滑落してしまった。

「天国への道を塞ぎ、地獄への扉を開いた」、これは中国共産党が今日社会を堕落させたという情況を見事に表現した言葉である。

七 共産党邪教による統治への反省

(一) 共産党とは何か

これは非常に簡単なようにみえる質問であるが、すぐには答えられない質問でもある。共産党は「公」という衣を着ており、政党として現れてきたため、確かに多くの人を惑わしている。しかし、共産党は普通の政党ではなく、邪霊として人々に取り憑き、害を与える邪教である。共産党は生きている生命であり、党の組織はこの世での邪教の表象であり、邪教の身体である。実際共産党を司っているのは、最初から注ぎ込まれた邪な霊である。この邪な霊は党に邪教的な本質をもたらした。

共産党の指導者らは教主の身分を持っているが、実は彼らは邪な霊と党の代弁者と執事であるに過ぎない。彼らの意思と目的は党と一致し、しかも党にとって利用価値がある場合、指導者として選ばれる。しかし、党のニーズに応えられなくなったとき、すぐに非情にも打倒されてしまう。党の闘争メカニズムによって、最も狡猾かつ邪悪で、しかも残酷な人だけが共産党教主の座に着くことができる。中国共産党の歴史上の数十名の指導者たちが皆悲惨な末路を遂げたことはまさにこのことを説明している。党の最高指導者が選択できる道は実は非常に限られており、ゴルバチョフのように共産党の呪縛を破ることにより、その名が歴史に長く残されるのか、または中国共産党の総書記のように党に飲み込まれてしまうのか、この二つしかない。

一般の民衆は共産党にこき使われ、搾取されている。共産党がコントロールしている範囲内で、人々は共産党の権利を脅かさなかったが、共産党の指導と共産党を支える(養う)義務を押し付けられた。また、彼らは常に党の暴力に脅迫され、邪教的な洗脳を受けざるを得ない。共産党は中国で、全国民に邪教を信じることと邪教を養うことを強要しており、これはこの世で類を見ないもので、全世界でも特殊な存在である。

党員は共産党の身体を丈夫にする人々であり、彼らの中に善良な人も少なくない。ひいては社会に傑出した功績を残した人もいる。こういう人であればあるほど、中国共産党は彼らを党員にしようとする。彼らの名誉と能力を利用し、党の為に働いてほしい。更に多くの人は出世し、人の上に立ち、自らの利益を得ようとするあまり、積極的に共産党に入ろうとする。彼らは共産党を助長し、自由自在に党内で活躍している。共産党が統治している国では、党員にならなければ個人の成長はほとんど不可能であるため、生涯に何かの功績を遂げようとする人は入党する。また、住宅を配給してもらうため、ひいては「向上」を求めるために、入党した人もいる。したがって、中国共産党の数千万人の党員の中に、良い人も悪い人も混じっている。しかし、入党当時の動機がどういうものであるかに関わらず、自分の意思で入党したのかに関係なく、共産党の旗の下で宣誓したならば、自分の意思で党に自らを捧げることとして見なされる。毎週の政治学習と組織生活は洗脳の過程であり、これによって、多くの人は自我の意志を失う人となり、共産党の邪な霊に憑かれ、制御されてしまう。このような人は党内で、人体の細胞のように、身体の元気のために絶えず働かなければならない。更に気の毒なことに、「党性」はこれ以降頭にきつく縛られ、それを取ろうと思っても、なかなか取れない。一旦、人間性が現れたら、粛清と迫害の対象になりうるからである。共産党が党の離脱を認めていないため、このとき、党から離れようと思ってもできず、裏切り者として扱われてしまう。このため、人々は共産党員の二重人格の存在に度々気づいてしまう。つまり、政治の場合の党員としての「党性」と日常の場合の「人間性」の一面ということである。

党の幹部は、党員の中で権力を握る人の集まりである。彼らは、個々の時点や機会において、個人の善悪の判断を下すことはできるが、全体としては、党の意志に従って動くしかない。これはつまり、いわゆる「全党が中央に服従する」ということである。彼らは中央と国民との真ん中に立ち、共産党の中堅であるが、実は党の道具としての役割を果たしているだけである。彼らはいつもの政治運動の中で、利用されたり、批判されたりしている。その基準は、教主を正しく選んだのか、教主に対して忠誠であるかどうかのことである。

(二)人々はなぜ目覚めないのか

中国共産党は、中国を五十年余り統治しており、様々な悪事を働き、この上なく邪悪であるが、なぜ人々はその邪悪的な本質を認識できないのであろうか?中国人が愚かなのだろうか?そうではない。中国人は世界で智慧ある民族の一つであり、五千年の悠久の文化と伝統を有している。しかし、中国人は今でも共産党に統治され、不満を漏らすこともできない。その理由は、共産党の邪霊によってマインド-コントロールされているからだ。

もし、仮に中国の国民に言論の自由があり、共産党の是非を公に議論することが許されるとすれば、賢明な中国人はとっくに共産党の邪悪な本質を見抜き、共産党邪教の制御から抜け出していたかもしれない。しかし、不幸なことに、中国共産党が統治しているこの半世紀もの間、中国の国民は言論と思想の自由を失っている。1957年、知識人の中から右翼を探し出した目的は言論と思想を制限するためである。このような自由のない社会で、文化大革命の時マルクス・レーニンの原著を誠心誠意に研究してきた若者まで、「党に反対する集団」として弾圧され、共産党の是非を議論するなどなおさら許されないことであった。

共産党は邪教である。多くの中国人はこのことを考える勇気すらなかったと思う。しかし、中国で生活したことのある人なら、自分自身の経験と親戚友人の経験からこの論を支持する論拠を見つけるだろう。

人々は、思想の自由を禁錮されるだけではなく、共産党の説教と党の文化まで注ぎ込まれている。人々は党の功徳を讃える声しか聞こえず、頭の中に共産党以外のものは何もない。例を挙げて説明しよう。「天安門事件」の時、天安門広場付近で発砲があった時、多くの人は本能から身を隠したが、少し落ち着きを取り戻すと、皆それぞれ身を隠した場所から、「インターナショナル」を歌って表に出た。これらの中国人は確かに、勇気があり、純真で尊敬に値する人であるが、なぜ共産党の虐殺に遭っているにもかかわらず、共産党の「インターナショナル」を熱唱したのであろうか。理由は非常に簡単である。つまり、党の文化で教育されてきたので、人々は共産主義以外、何も知らないのである。「インターナショナル」と党の功徳を讃える歌以外、歌える歌はない。

(三)解決策はどこにある?

中共はもはや救いようがないほど堕落してしまったが、悲しいことに、この邪教は消滅の瀬戸際にあって、中華民族を道連れにしようと考えている。

中共は力が衰え、人々の思想面での支配はだんだん弱くなり、また、現代通信手段、特にインターネットの進歩で情報コントロール・言論封鎖がますます難しくなっている。民衆が拡大しつつある官僚の汚職による被害に対して認識し始め、中共に対する期待も薄くなり、自らの権利を求めるようになっている中、法輪功に対する迫害で自分たちの思想面での支配を強化できないばかりか、中共自身の残虐さが世に知られ、自らの首を絞めることとなった。このような中、中共の本質を考え直すことが可能となり、中華民族が中共邪霊のコントロールから脱出するきっかけを掴んだのである。

50年にわたり中共政権により支配された中国人に必要なのは暴力による革命ではなく、魂の救済である。これは中国人が自らを救う過程であり、その第一歩としては共産党の邪悪な本質の認識から始まるのである。

いつか中国でも行政系統に独立性を与え、寄生虫の共産党を切り離すであろうが、それは遠い将来ではないだろう。共産党による一党統治を取り締まれば政府機関は間違いなく効率よく働くし、実際こういった「党と行政との切り離し」の考え方は80年代に共産党内部改革派に提案され実践もされてきたのである。しかし、共産党の絶対的権力を根本から否定せず、それ自身の内部改良だけでは問題の解決にはならないのである。

共産党が生存するためには共産党理論が不可欠であり、行政機関に寄生する共産党を切り離すよりも、思想面での憑き物を追い出す方が遥かに難しいだろうが、それが共産党を退治する唯一の方法である。本質の邪悪さとそれの危険性を認識させた上で、思想の片隅にも生存空間を与えないようにする。共産党は一種の思想形態に属するので、民衆へのマインドコントロールを最も重要としている。中国人自ら行わなければならないが、思想面から共産党の存在、その理論を否定し、自分の考え方への影響をきれいにしておけば、思想形態としての共産党が滅びるだろう。この場合、共産党憑き物のない正常な社会へ転じるためには一人一人が「返本帰真」、すなわち善良なる本性に戻る事が必要である。

共産党支配の国々、中国、北朝鮮、ベトナム、キューバのほとんどは権力集中、貧困と迫害を伴う。総数はますます少なくなるという末日が見えている。

邪悪な共産党を追い払ったら、知恵と輝かしい歴史を有する中国には大いなる希望が生まれるだろう。

結び

共産党はもはや共産主義を信じておらず、その魂は死んだが、その残滓がわずかに残っているという有様である。中共は共産党の皮を受け継ぎ、傲慢やうぬぼれ、極端な利己主義、歯止めのきかない放縦さという邪教的本性を十分に表わしている。中共という邪教は、天理を否定し人間性を抹殺するという本質を引き継いでおり、何ら変わっていない。

今日、中共による統治は、共産党が長年累積した闘争手段, 厳密な組職制度、‘党による憑き物’の統治形式、及び国教化した邪教的宣伝により維持されている。今日の中共は、本文にまとめられた共産党の 6つの邪教的特徴をすべて備えており、善良な事は全くせず、ひたすら悪事を重ねている。

滅亡の末路を進むこの中共邪教はますます腐敗、堕落する一方である。最も恐ろしいのは、終焉に気づいたがゆえに、この邪教が全力で中国社会を腐敗と堕落の深淵へ道連れにしようとしていることである。

中国人は自らを救うため、反省しなければならず、共産党支配から脱出しなければならない。


 

『九評』シリーズのタイトル:

第一評:共産党とは一体何物か 映像
第二評:中国共産党はどのようにでき上がったか 映像
第三評:中国共産党の暴政 映像
第四評:共産党が宇宙に反する 映像
第五評:法輪功への迫害における江沢民と中国共産党の相互利用 映像
第六評:中国共産党による民族文化の破壊 映像
第七評:中国共産党による殺人の歴史 映像
第八評:中国共産党の邪教的本質 映像
第九評:中国共産党の無頼の本性 映像


[1] 「豹は死んだが、その皮はまだ残っている」は、古代中国の預言書からの抜粋。ここで表現されている“豹”は旧ソビエト連邦の地域を指す。旧ソ連が崩壊すると、共産主義システムの本質自体も共に壊滅するが、その皮(形式)だけが残り、中国共産党がそれを受け継いでいる。

[2] 中華人民共和国憲法(公式翻訳、1999年)

[3]毛沢東の「湖南省における農民運動についての調査報告」(1927)より

[4]泰山は山東省にある。中国の5つの有名な山のうちでも最も有名。1987年世界遺産に登録された。

[5] 「土地を囲み、お金を囲み、物を囲む」とは、中共の政府と商業が結託し、大規模に国の土地、鉱山、建築と財産を占領していることを指す現代的な用語である。人々は都市や住み慣れた町からの強制的な立ち退きを命じられ、多くの場合その補償金は微々たるものである。詳しい情報は:http://www.uglychinese.org/enclosure.htm

[6] 「2月革命」−1917年2月、ツァーの王位を奪ったブルジョア革命。

[7] 10月革命−ボルシェビキ革命とも呼ばれる。1917年10月にレーニン主導のもとに起きた。この革命で、ツァーの王位を奪った資産階級の革命家たちを虐殺し、ロシアのブルジョア革命を倒した。

[8] 「馬日事変」「四一二虐殺」はともに国民党が中共を攻撃した。「馬日事変」は1927年3月21日、湖南省の長沙市で起こった。「四一二虐殺」は1927年4月12日に上海で起こった。どちらも、中共党員とその支持派の何人かが逮捕され、殺された。

[9]紅一方面軍:1928年、共産党は軍隊を設立し、ソ連の真似をして「紅軍」と名づけた。しかし、当時軍隊は各地に散在していた。1930年8月、毛澤東、朱徳は紅一軍団を率いて、彭徳懐の紅三軍団と合流し、「紅一方面軍」を構成し、後ほど林彪の指揮下に置かれた第四野戦軍となった。江西にある臨時政府が崩壊後、中共の内部が分裂し、毛澤東などは紅一方面軍を率いて陝西省へ逃げたが、様々な困難に遭い、多くの人が命を失った。中共が政権を取った後、これを「万里長征」と名づけ、大々的に宣伝された。

注:毛澤東は粛清委員会の主任李韶九を派遣し、富田で省行動委員会と紅二十軍の指導者を逮捕し、残忍非道な拷問を施した後、彼らを殺害した。このことをきっかけに、紅二十軍の一部の幹部が軍隊を率いて富田を取り囲み、李韶九らを逮捕し、監禁された人を釈放した。これは即ち中共歴史上の「富田事変」である。

[10] 4つの原則とは、社会主義への道、プロレタリアート独裁、中国共産党の指導、マルクス−レーニン思想。

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