中国の古典故事成語と人生啓発

2005/03/18 14:09
前言

中国の古典には、多くの故事成語や諺、神話、伝説、寓話などが出てきます。これらの故事成語は、私たちが普段使っている話や言葉や新聞や雑誌の中にも出てきます。故事成語は「古い事と成った言葉」で、長い間に広まり、伝わってきたのです。それは何千年にも及ぶ生活経験の記録であり、私たち現代人はそこから人生啓発や生活の知恵を学ぶことができるでしょう。

役夫の夢 愚話 「列子 周穆王」より

意味
人生の富貴栄華は夢のようである。金持ちは必ずしも幸せとは言えない。従って貧乏人は金持ちを羨ましく思う必要はない。

通訳
周の尹という人は、莫大な資産を作っていた。その下で働く者は、朝早くから夜遅くまで少しも休む暇がなかった。

一人の年取った召使が、手足の力はもう尽きているのに、次から次への仕事を持ち込まれ、こき使われていた。昼はうめきながら働き、夜は疲れきってぐっすり眠った。眠ると心がすっきりして、毎晩、夢の中で国王になり、多くの国民の上に立ち国中の事を指示し、いつも宮殿で酒を飲んだり遊んだりしいて、自分の思うままでないことはなく、その楽しさは他に比べるものもなかった。しかし、朝、目が覚めれば、またいつものように主人にこき使われていた。そこで、ある人が日ごろの苦労を慰めるとその召使は言った。「人の一生は百年で、昼が半分、夜が半分だ。わしは、昼間は人の召使で苦しいことは苦しいが、夜は国王で、その楽しさは他に比べるものもない。だから何も恨むところはないよ。」

一方、主人の尹は、世間の事に気を使い、家の仕事に心を悩ませ、身も心も共に疲れ、夜になるとこれまた疲れきって寝床に入る。が、毎晩毎晩、夢の中で召使になり、走り使いや力仕事に追いまくられる。その上、怒鳴りつけられたり、鞭で打たれたり、さまざまな仕打ちを受ける。そのために、眠っている間中、寝言を言ったりうなされたりして、夜明けになってやっと治まる状態であった。

尹はこれを苦にして友達を訪ねた。その友達は言った。「君は、身に余るほど名誉ある位に就き、また財産も使いきれないほどあって、とても人の及ぶところではない。しかし、夜になると夢の中で人の召使になるのは、昼間、楽をしている報いで、当たり前のことだ。寝ても覚めても楽をしようと思っても、できるものかね」。

尹は友達の言葉を聞いて、それから召使の仕事を緩やかにし、自分の心配事を少なくしたので、病気の方も少しよくなった。

杯中の蛇影 成語「晋書、楽広伝」より

意味
体の病気は心と関係があり、なんでもないことに疑心を出して、気に病むこと。

通訳
楽広は河南の長官で、親しい客があったが、久しく来なかった。訳を聞くと、答えて言った「前におそばで、お酒をちょうだいしたとき、飲もうとすると、杯の中に蛇がいるのが見えて、気分が悪くなりましたが、そのお酒を飲むと、病気になりました。」

時に、河南の役所の壁の上には、角で飾った弓があって、それには漆で蛇の絵が書いてあった。広は、心の中で、杯の中の蛇というのは、この角で飾った弓の絵だろうと思った。

そこで、また前のところで酒盛りをして、客に聞いた。「杯の中にはまた何か見えますか。」すると、客は「前のように蛇が見えます」と答えている。そこで広はその訳を告げた。すると、客が心がカラット解けて、今までの病気がたちまた治った。
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