中国経済は崩れても潰えないのか?(1)

2005年09月22日 16時40分
 【大紀元日本9月22日】中国経済は近年、高成長の発展を見せる一方で、教育や医療など多くの分野で問題を生み出し、そのひずみが貧富の拡大として民衆に負担を強いているが、当局はそうした現状を覆い隠している。中国経済の問題点を的確にとらえた経済評論で定評のある草庵居士はこのほど、新唐人テレビ対談番組「独立評論(38)」で、経済学者伍凡氏と対談し、中国の経済問題を深く掘り下げた。

 草庵:皆さんこんにちは。独立評論の時間です。先日、中国の一部の学者が北京でシンポジウムを開きました。そのメイントピックは、中国における今後数年間の経済動向の問題でした。出席者のうち、学者の林毅夫は、悲観的な総括をしました。伍凡さん、林毅夫はあなたの友人ですね。

 伍凡:そうです。私たちは、以前にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で林毅夫と中国経済の問題について議論したことがあります。林毅夫は、かつて国民党の軍官であり、また蒋経国が重点的に育成した台湾十大優秀青年の一人でした。後に、彼は中国大陸に逃れ、アメリカのシカゴ大学で博士号を取得しています。彼は経済学者であり、現在、北京大学中国経済センターの主任を勤めています。

 草庵:林毅夫によると、人民元切り上げとマクロ調整による二重の影響で、中国経済は今年の後半において生産過剰による「スタグフレーション」が発生するということです。同時に、多くの経済学者が一致していることとして、仮に現在の経済が改善されない場合、来年、再来年の経済成長は楽観視することはできず、低成長の局面が表れることになるということです。中国は、1998年以来、製造業の大部分が過剰生産を行っており、2003年及び2004年においては、一部の産業において過剰投資となっており、今年の後半、中国において生産過剰による経済の停滞とインフレの問題が発生するでしょう。

 伍凡:林毅夫の見解によると、現在、中国経済においてはデフレの兆候が既に現れています。その背後にある運営システムを改めなければ、今年の第4四半期もしくは来年第一四半期においてデフレの状況となるでしょう。中国中央銀行もまた、経済の冷え込みを認識しており、6月において緩和的貨幣政策を取り、6月の人民元の貸し出しは4635億元、5月の4・3倍となりました。

 草庵:中国大陸の商品市場における供給超過は悪化を続けています。大陸の39業種の工業製品在庫は、今年の5ヶ月間で、平均19%増加しました。特に、鋼材、コンクリート等の過剰供給は、下流の消費財の需給関係に連鎖的な影響を与えています。国際アナリストの分析によると、過剰生産力により、大陸は今年後半にデフレが発生し、経済成長は緩やかなものとなります。中共商務官員の予測によると、過剰生産力のピークは2007年であり、3兆元もの不良債権の危機を触発する危険性が高いということです。

 伍凡:モルガンスタンレー、シティグループのエコノミストが中国経済の減速に対して懸念を示した後、リーマン・ブラザーズの最新の研究レポートにおいても、中国大陸の強靭な成長が供給超過の問題、すなわち、長年に渡る過剰投資がもたらした川上産業、特に工業の原材料、資本集約型の製品を製造するための機械設備過剰生産能力の問題を覆い隠してきたことが強調されています。こうした生産物については、最大の需要市場である不動産市場が冷え込んだ時、問題が顕在化します。

 草庵:この他、会議には、大陸の主要学者兼官員である王建氏が参加していました。彼は、国家発展改革委中国マクロ経済学会常務副秘書長であり、同時に国家安全部所属の経済安全委員会の主任も兼ねています。彼は中共の重要な経済政策の顧問の一人であり、多くの重要問題について影響力を発揮してきました。

 伍凡:王建によると、中国の経済成長は、主として重工業投資が牽引したものです。重工業建設の平均周期は5年で、時間的順序からみると、今回の投資は2003年に始まっており、2005年に至って土木建設の段階は既に過ぎています。次の段階は設備の設置と試生産で、2007年が投資のピークの終期で、大量の生産能力の投入が起こります。しかし、現段階において、中国経済の成長は投資需要によって牽引されたもので、その背後では住民の収入格差が拡大しており、彼らの消費需要は減少しています。こうして、投資のピーク後に生産のピークが発生する一方、需要に支障が現れることで、社会における総供給と総需要との間の循環関係が断絶し、過剰生産の危機という形で現れてきます。これまでのマクロ調整において私たちが直面してきたのは、主として供給不足の問題でした。しかし、今後数年間で直面するのは、生産過剰の問題です。私たちはこの方面における問題を解決する経験に乏しく、中国政府がマクロ調整を実施する中で、新たな試練となるでしょう。

 草庵:確かにそのとおりです。この数年間における中国大陸の高成長で多くの問題が覆い隠されてきたことは確かです。大陸の経済改革は、主として投資が牽引してきたもので、技術が経済を牽引したものでは決してありません。政治体制上の問題が経済発展に深刻な影響を与えていますが、中共はこの問題を隠し続けるとともに、中国経済が非常に安定・健全であると堅く称し続けています。今回の主要な学者と官員の講話は、普通ではない態度の表明でした。これは、中国国内の経済問題が非常に深刻な程度に到っていることを説明していると私は思います。

 伍凡:中国経済の問題について、国内外の見方には大きな違いがありました。多くの人が高く評価する一方、やがて崩壊するものと見なす者も多くいます。数字から見ると、中国経済は非常にひどい状態です。しかし、中国はこれまで崩壊していません。多くの学者は、この背景にある問題の所在を明らかにすることができません。

 草庵:私は問題をこのように見ています。中国経済改革は、三つの段階に分けられるでしょう。第一段階:1979年-1989年、能力開放型改革。第二段階:1990年-1996年:責任軽減・回避型改革。1997年-2005年:資本輸血型改革。

 伍凡:過去を振り返ってみると、当時の中共は経済改革の初期段階にあったことに気がつくでしょう。経済改革は政治改革とセットで行われたもの、すなわち、政治目的で実施されたものでした。これは、毛沢東の清貧共産主義への批判でした。この目的のために、中共の新しい指導者は、毛沢東主義とは区別された路線を歩む必要があり、かつ、民衆の支持を受けるための最善の方法が、生活の改善だったのです。中共の経済改革の第一歩が政治目的で実施されたことは疑う余地はありません。この政治目的のもう一つの起源は、当時の新指導者のほぼ全てが文革の被害者で、毛沢東主義の残酷さを極度に憎んでおり、中国民衆の苦しみを比較的理解していたことでした。こうした思想目的が、中国における当時の経済改革が民間の生産力を開放するという方向性を打ち立てたのでした。本質的に、この思想においては、党内利益と一党独裁を保護するという最終目的が依然として保持されていました。農村の土地請負制、工場、建築、商店の請負制は、全てが当時の改革の特効薬となりました。この特効薬は、末端の農村と企業改革から確証されていきました。すなわち、これにより、短時間のうちに各階層の労働の積極性を最大限に刺激し、中国大陸において、40年来はじめて人間の本質、すなわち利己性と享楽性を回復させたのでした。末端における経済改革の代表例が請負制度であり、これが短期の内に最大の効果を発揮して、中国社会に常軌を超えた経済発展が起こり、GDPは2ケタで成長しました。この現象によって中共の財政管理に影響が及び、地方であれ中央であれ、財政の請負は中国経済改革の主流となりました。浪費は暫く抑制されましたが、財政の請負は、今日の中国における“財政連邦”の後遺症を残しました。しかし、このもう一つの問題は汚職であり、腐敗が公開化するとともに、利益の部門化が起こりました。

 草庵:そうです。第一段階は開放型に属しています。ここでは資本を投入する必要がなく、基本的に政策的な開放でした。しかし、第二段階は極度に異なっています。1989年の天安門事件により、中共の反省と党内独裁に対する警戒はかえって終結に向かいました。民間と党内の健全なパワーの挫折は中共の単一的発展をもたらしました。こうした発展は、党内外における信仰と道徳の喪失によるものでした。次に、東欧国家が全面的に資本主義化し、政治・経済面での二重の圧力により、中共は重大な手段を用いて自らの独裁を維持するとともに、「合理的」な執政理由をうまく見つけ出す必要に迫られました。その執政理由が、「高速で発展する経済」でした。当時、中国の対外貿易は大きく挫折しており、国内経済もまた相当に停滞していました。中共は国民の抑圧された情緒を緩和し、自らのイメージを改善するため、公共投資を大幅に増加させ、経済発展のイメージを造成しました。中共は、積極財政を用い、公共投資によって内需の成長を牽引して経済発展を維持する一方、外資を積極的に導入し、廉価な資源、すなわち、土地及び価な労働力を用いて貿易を促進しました。この時期に中国政府が発表した数字から、次の点を明確に読み取ることができます:GDPの大幅な増加、公共投資の増加、税収の増加、財政支出の増加、財政赤字の増加。一方、同様にして次の点が読み取れます。公共福祉支出の大幅な減少です。

 伍凡:第二段階の経済改革に到り、大量かつ重い財政負担に直面することになります。中共の建政40年来の社会保障システムは存在していましたが、収支はバランスしていて余剰はなく、ひいては深刻な損失が出ていました。90年代に到って大量の退職者及び老人医療の問題がどっと現れてきました。別の角度から見ると、私人経済の台頭は、中共の国有企業に非常に巨大な衝撃を与えました。大量の独占利潤が私人に押さえられ、ひいては腐敗に染まりました。中央財政には巨大な赤字が発生しました。しかし、中共は、合理的政治統治のために提示した「強力な経済発展」を進めるため、再び、大量の公共投資によって全国の経済発展を牽引することが必要になりました。こうした手法は、中共に以下2つの手段をとることを余儀なくさせました。国債の発行、公共福祉支出の削減です。1990年から2004年まで、中国の国債発行額は2ケタのペースで拡大しました。こうした経済政策は、世界でもまれに見る状態をもたらしました。公共投資が拡大し、インフラ設備が不断に改善するとともに、世界のクレーンが中国に集中し、全国が繁栄しているような光景を作りだしました。しかし、その一方で、多くの民衆が教育、退職金、医療費のために生活が困難になり、ひいては窮地に陥りました。大きな貧富の格差が発生したのです。

 草庵:中共の経済発展第二段階の特徴は明らかです。経済を発展させると同時に、政府の規模が拡大し、政府の人員も急速に増加し、財政支出も拡大しました。財政バランスを維持するためには、政府の財政支出の減少が必要です。このため、中共は教育の市場化、医療の市場化、住宅の市場化、退職金などの分野において、責任を省・市の末端へと下ろしていきました。また、政府支出においては、より多くの財政収入を、地方政府が自ら徴収する「経済連邦」制度が採用されました。こうした政策の主導の下で、中共の教育経費は大幅に減少しました。もともと教育経費については、GDPの4%に到達させる予定でしたが、中共はこのコミットメントを実現せず、教育経費は経済発展にしたがって増加しなかったばかりか、かえって停滞・下落の趨勢となりました。中国の教育は、世界ランクで逆から20番以内となっています。1990年の3・04%から1996年の2・5%となり、2004年においてさえも3・14%となっています。これとは逆に、教育部門の市場化によって、中国民衆の8000億元もの資金が、かえって違法な手段で吸収されているのです。この資金が民衆の超過支出であることは明らかであり、中国の教育費用は、わずか数年のうちに20倍近くに跳ね上がり、世界で教育負担が最も重い国家の一つとなりました。民衆が教育を受ける費用は日本、アメリカ等の西側諸国を遥かに上回り、中国の高等教育をますます奢侈的なものにしています。政府統計によると、農村の小学生の平均公用経費は1年で28元です。農村の学生の平均経費が1年で20元を下回る県は約30%あり、これが1元もない県は10%前後あります。一方、政府が発表している全国平均教育費用は次のようになっています。小学校、865元、中学1383元、大学、12160元、総平均4922元。政府が負担する教育費用は、実際の教育費用の5%しかないのです。

 伍凡:医療制度においては、中共が市場化の原則を採用したことから、中共の建政数十年で構築してきた、初段階の大陸医療体系は、一夜にして崩壊しました。病気を診られないことが全国でありふれた現象となっています。政府の統計によると、2004年の段階で、医療費を負担できない民衆が、全患者の78%を占めており、さらに、軽微な病気の患者のうち37%は病院にいきません。悪性の疾病患者については、お金がなく、完全な治療を得ることができないことから、家庭内で病死する割合が63%の高さとなっています。WHOが、2000年に世界191加盟国の衛生の総体的パフォーマンスを調べたところ、中国は第144位で、エジプト(63位)、インドネシア(92位)、イラク(103位)、インド(112位)、パキスタン(122位)、スーダン(134位)、ハイチ(138位)よりも低位でしたが、これらの国々の平均GDPは中国より高くないのです。衛生体系の公平性において、中国は第188位で、下から第4位で、ブラジル、ミャンマー、シェラレオネよりわずかに優れていただけです。「貧富の格差が極めて大きい」と見なされているインドは第43位で、我が国を遥かに上回っています。パキスタン、インドネシア、エジプト、メキシコといった他の発展途上国は、中国よりも上位です。医療保障系統の市場化により、中共は3億元を節約しました。当然、この節約の結果として、民衆は超過支出を行うことになります。中共政府の資料によると、中共の税収のうち、衛生、教育、医療及び社会保障系統の支出は7・4%を占めています。一方、同時期における英国、カナダ等の国家における割合は50%以上に達しています。アメリカでさえもこの数字は42%です。ここから分かることは、中共は市場化を名目として、実際は、責任を振って押し付ける政策を行ったのです。それは、中共が、毎年1兆元近くの財政負担を軽減するためでした。世界各国は、皆医療保障制度を全国民の公益事業としています。ロシアでさえ、激烈な制度変化が起こった時にも国民医療保障制度を放棄しませんでしたし、英国・アメリカ等の国家において国民医療保障制度が整備されていることは言うまでもないことです。

 草庵:中共の経済改革において、この段階で実施されたことは、押し付けであり、自らのコミットメントと責任を民衆自身に押し付けて逃れたのでした。教育と医療問題は、その数多い問題のうち、2つの論点にしか過ぎません。彼らは、政府の政策を利用し、民衆の手中にある財産を掠奪し、自らの政権を維持しているのです。この2点だけから見ても、中共は4兆元を掠奪しており、当時の年間GDPのほぼ半分に相当します。本日は時間となりましたので、今回の談話を終えたいと思います。次回は、中共が経済を維持するお金がどこから来ているのかについて論じます。皆さん、ご視聴ありがとうございました。さようなら。

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