高智晟:法輪功のために中国当局へ宛てた第三回目の公開書簡(下)

2006年01月10日 10時55分
 【大紀元日本1月9日】全国人民大会(2004年12月)への公開書簡に引き続き、中国の著名な人権弁護士・高智晟氏は2005年10月18日、中国指導者・胡錦涛総書記と温家宝首相に宛てた公開書簡(嘆願書)を再び公表した。書簡の中で、自ら調査した法輪功学習者が受けた残虐な迫害状況を列挙し、当局に対し自由な信仰者への迫害を中止し、国民との関係を改善するよう呼びかけた。この書状の公開は、国内外の社会と中国上層部に衝撃をもたらした。この後、高弁護士は恐喝電話などを受け、北京司法局などから頻繁に呼び出された。中国当局は「高氏の行動はすでに限度を超えた」と称し、彼に公開書簡(嘆願書)の撤回を要求した。高弁護士はそれを拒否したため、同年11月4日午後、彼の法律事務所は一年間強制閉鎖された。

 しかし、各方面からの圧力と脅迫を前に、高氏が屈することはなかった。大勢の中国大陸法輪功学習者の願いを受け、2005年11月29日、彼は20数人の私服警官の尾行を振り切り、山東省の済南市、遼寧省の大連市、阜新市、吉林省の長春市などの各地を10数日間かけて訪れ、鎮圧の実態を再度調査した。2005年12月12日高弁護士は、被害者らが六年間受け続けてきた悲惨な迫害を、「我が民族の良知と道徳を絶滅させる野蛮行為を直ちに止めるべき」と題し、第三回目の嘆願書として中国当局に提出した。以下は、高弁護士が中国当局へ宛てた第三回目の嘆願書の後半である。

 我が民族の良知と道徳を絶滅させる野蛮な行為は直ちに止めるべき

 ――高智晟氏が胡錦涛氏、温家宝氏及び中国同胞へ宛てた公開書簡(下)

 長春市の法輪功学習者・楊光さんの体験はさらに驚くべきものです。私は、一件の事情を知っている者が私に書いてくれた手紙の中から、以下の部分を取り出します。私たちは貴方に対して誠意を以って真実な状況を伝えます。

 楊光さんは吉林省長春市に在住しており、法輪功を修煉していたため、2000年1月に不法に捕まられ、2002年3月に長春市公安局第一課課長梁と彼の10数人の部下から、数10回の電撃棒での電撃、虎の椅子、束縛服(一種の拷問服)、ビニール袋を被せて窒息させる、酒を強制的に押し込むなどの拷問を受け、あるときは尋問が30~40時間に及んでいました。左の耳は殴打されて聞こえなくなり、右足は殴打されて骨折し、大腿骨は壊死してしまいました。その後不法にも15年の懲役刑を言い渡されました。当時、楊光さんは担架で吉林監獄に運ばれたのです。現在、彼は足が不自由となり、足の指は化膿して腐り変形しています。手や腕は機能を失い、肺に水が溜まり、腎不全で、下半身は不随となり、いつ危篤状態が現れてもおかしくありません。

 楊光さんは吉林監獄の「裸体区」に監禁されています。いつも裸で、下半身が不随となり、大小便を簡単にさせるために他の受刑者は彼に特製の簡単な台車を作ってあげました。台車の周りは木の板で真ん中に円形の穴があります。楊光さんが用を足すとき、受刑者はこの台車で彼をトイレまで送りますが、その後相手にしなくなります。彼は手や腕の機能を失ったため、お尻まで手が届かず、用を足した後も拭けないので、毎点xun_ル常な匂いに満ち、汚い大小便の中で生きています。彼は監獄の中にいる精神病受刑者、殴打されて障害者となった受刑者と自力で生活することのできない受刑者とともに日の当たらない「裸体区」でつらい毎日を送っています。生活条件はきわめて劣悪です。寝るところは60センチ未満で、食事の質も非常に悪く、おかずには一滴の油さえ見えません。シャワーのとき、看守らは彼をバスルームに投げ込み、釘の付いたモップで体を擦り、聞こえのよい「美容シャワー」と名づけました。このような状況の下でも吉林監獄は法輪功への信仰を放棄せよと彼に強要しましたが、彼は依然として法輪功への信仰を放棄しませんでした。その後、彼は檻のような小さな牢屋に閉じ込められ、更なる残酷な拷問を受け、命が危篤状態に陥ってから、はじめて2004年12月に長春鉄北監獄特殊管区に移されました。そこではいかなる治療もしていないのに、家族はさらに毎月1000元以上の寝床費用を支払わされたのです。

 楊光さんの家には86歳の母親しかいませんでしたが、今でも自分の息子がこれほど迫害されていることを知りません。人に会うたびに「楊光はいい人よ、彼は今いったいどこにいるのでしょうか?私は息子に会いたい」と口にします。楊光の妻はやむを得ず彼と離婚しました。家にはいかなる経済的な収入もなく、楊光さんは肉体的・精神的な苦しみを引き受けており、現在楊光さんの親族が楊光さんの釈放を求めていますが、吉林監獄、省司法庁と監獄管理局にいろんな口実で断られています。

 大連の常学霞さんは静かでおとなしい女の子です。彼女は顔をうつむきながら労働教養をされたときに受けた種々の迫害を話してくれました。

 「初めて捕まったのは、法輪功の真相を政府に伝えるために上申した時です。捕まった後、大連の麻薬中毒者の回復センターに送られました。いかなる法的な手続きもない下で39日間監禁された後、釈放されました。2003年1月再び捕まった私に対して、看守らは転向を強要し、私を檻のような小さな牢屋に閉じ込め、牢屋には鉄の籠などの拷問用具があり、法輪功学習者への迫害を管理する主な責任者は万雅琳で、彼は何人かの他の受刑者を指図して私を鉄の籠に入れ、手を掴んで吊すと、「みんな一緒にやれ、彼女の面倒をよく見てくれ」と受刑者に言いました。受刑者らがどっとやってきて私を殴ったり蹴ったりしたので、私はその場で失神してしまいました。失神してから受刑者は私を下に降ろし、こいつ死んだふりしているのではないかと言いながら私の顔や手を踏んだりしていました。私が目を覚ましたとき、左の腕はもうすでに脱臼して動かなくなっていました。私を苦しめたくない受刑者に対しては「お前たちの刑期が延ばされるぞ」と万雅琳が言いました。その後、また私を吊るし上げ、法輪功創始者である李洪志先生の写真を私のパンツの中に入れ、私の顔に師父を侮辱する言葉を書き、しかも絶えず木の板で私を滅多打ちしました。全身が青紫色となりましたが、1年後になっても消えていませんでした。私が法輪功への信仰を放棄しなかったため、私の服を剥ぎ取って裸にし、数人の受刑者が私の乳首をつねったり、陰毛をつかんで引いたりしながら言葉で私を侮辱しました。また転向しないことを見て、前後の見境もなく怒った彼らはブラシをとり、私の膣にしっかりと差し込んで、血が出てくるかどうかを確認するために私の下に水を張り、しばらく差し込んで血が出てこないと見ると、より大きなブラシをとり、気が狂ったかのように差し込んだりしました。私はこの苦しみに耐えられなくなり、労働教養期間中に煉功しないと言ってしまいました。

 教養所で私が受けた迫害が一番ひどいのではなく、王麗君という女性の法輪功学習者は、かつて3回ほど檻のような小さな牢屋に閉じ込められ、受刑者が結び目を作った縄を彼女の膣のところに置き、前後に引っ張られたので、膣が完全に腫れ上がりました。また受刑者は大隊長の命令に従い、モップの棒を折り、先端のとがった棒を彼女の膣に差し込んだので、大出血しました。その後、陰部と下腹部がひとつのボールを置いたかのようにひどく腫れ上がりました。ズボンが穿けなくなり、トイレに行ってもしゃがんでいられないので、尿も出てきません。2カ月後になっても座れず、足も不自由となりました。また、1人の未婚の女性法輪功学習者もこのような拷問を受けました。その他、看守らは毒虫をとってきて、法輪功学習者の体の上に置いて学習者を噛ませました」。

 「私は魏純(匿名)と申します。今年35歳で、大連に住んでいます。1998年から、私は法輪功を修煉し始めました。法輪大法は人々に『真善忍』の原則に従って身を処することを教えているので、修煉してから心身ともに大きな変化が得られました。他人に対しては寛容に、自分の道徳を高めるように努力してきました。1999年7月、法輪功が弾圧されてから、中共政権は法輪功に対する誹謗中傷の宣伝を全面的に繰り広げました。私は人類の最も基本的な道徳を踏みにじることを無視してはいけないと思って、法輪功の真実を伝えるために、2000年3月に北京へ陳情に行くことを決心しました。列車に乗る時、警官に止められて、李洪志先生を罵る言葉を言わされましたが、私は拒否したので、その場で拘束されました。その後分かりましたが、当時北京へ行く列車やバスに乗る人は、必ず李先生あるいは法輪大法を罵る言葉を言わされていました。言わなければ、乗車を許されませんでした。私は大連麻薬中毒回復所に連れて行かれて、7日間拘留された後、釈放されましたが、勤め先を停職されて、午前中は工場内の掃除当番、午後は反省させ、最後に信仰を捨てて法輪功の批判書を書けと命じられ、私はこれを拒否したので、一カ月後に余儀なく辞職しました。 2000年4月に私は別の職場を見つけて勤めていましたが、2001年3月15日に、大連公安一処の陳欣により職場から強制連行され、公安局で5日5晩寝かせてもらえず、背中で両手に手錠を掛けられ、火のついたタバコを鼻孔と口いっぱいに挿し込まれ塞がれました。1人の警官は鉄の棒を持って来て、私の頭を叩きました。その後、私は大連留置場に送り込まれて、2年間の強制労働教養を言い渡されました。2001年5月18日に、私は大連教養院五大隊に入れられました。そこで、6月4日に私は劉永来さん、曲飛さん、黄文忠さん(すべて監禁されている法輪功学習者です)とともに建物の4階に連れて行かれて、李先生、法輪功、法輪大法を罵るように強要されました。言われたとおりに罵らなければ、電撃を掛けられ、罵ったら、下(監房)に帰らせ、「三書」(告発批判書、保証書、反省書)を書かされます。もちろん、私たちは拒否しました。私は劉永来さんと向かい合って坐らされ、2人の衣服が全部剥ぎ取られると、私の左手と劉さんの右手、私の右手と劉さんの左手、それぞれ一緒に手錠を掛けられ、六本の電撃棒を使って同時電撃されました。頭から背中、太もも、外陰部、わき腹、首に電撃を掛けられました。私は歯を噛み締めて、身体を揺らして電撃を避けようとしました。そのために手錠がますますきつくなって、最後に肉の中に食い込んで骨にぶつかりました。心を刺すように痛くて血もたくさん流れました。このような電撃拷問を1時間ほど続けた後、私と劉さんを分けて、劉さんの両手を背中で手錠を嵌めて、むしろの上に押し伏せ、更に2つの椅子で体の上を押さえつけ、椅子の上に2人の受刑者(警官の補助役)が座り、周りを取り囲んだ6人の囚人が充電できたばかりの電撃棒を使って劉さんの背中、臀部、首、ふくらはぎ、土踏まず、外陰部などを繰り返し電撃しました。時に陰部を引っ張り出して電撃を加えました。一方、私は椅子の上に縛られましたが、この椅子の前足には2本の電撃棒が、そして背もたれには3本の電撃棒が取り付けられていました。私の身体を椅子に密着するように縄で締め付け、私の頭の上では一人の受刑者が電撃棒を持ち、6本の電撃棒で身体に一斉に電撃を加えました。私は全身が痙攣し、死ぬほどつらくて、絶望的な悲鳴を上げるとビル全体に響きました。ビルの2階、3階に監禁されている多くの法輪功学習者は私の悲鳴を聞いて涙を流したそうです。このように1時間ほどの拷問を続けた後、私と劉さんは位置を換えさせられて、彼は電撃の椅子に座らされ、私はむしろ上に押し付けられて、さらに1時間ほど6本の電撃棒で同時に電撃されました。私はもう耐えられなくなったと感じました。しかし、死んでも自分の信仰を捨てたくないし、自分の良心に反して師父と大法を罵ることは決してしてはいけないと思って、私は頭を強く床にぶつけて、意識を失えば、何にもかも分からなくなると思いました。毎回数本の電撃棒で同時に電撃された時、まるで万本の矢が心を刺すように辛く、自分がすでに数回死んでいたように感じました。電撃棒の電気を使い切ると、さらに新しい電撃棒に換えて来ましたが、その度に電撃の強さはますます強くなり、私は恐怖を感じて、最後に屈服しました。間もなく劉永来さんも耐えられなくなって屈服しました。現場で受刑者を指図して私たちに拷問をかけた警官は、喬偉、朱鳳山、景殿科などでした。拷問を実行した受刑者の名前は今覚えていません。その後に分かりましたが、黄文忠さんは電撃されて顔が血だらけになり、曲飛さんは硬い靴の底で顔を打たれてまん丸に腫上がりました。4階から降りてから、私たちが保証書を書き終わると、監房に帰らせました。それから毎日紙1枚に李先生、大法、法輪功を罵る三つの言葉を書かされました。同時に毎日この三つの言葉を唱えることを要求されました。これは私にとって、自分の魂を絞め殺すことと同じで、私に与えた苦痛は肉体の蹂躪をはるかに超えていました。もし抵抗したり、拒否したりしたら、また4階に連れて行かれ電撃され、時間の長さに関係なく屈服するまで拷問されることになります。3班に拘禁されている李さんという法輪功学習者はこのような精神の虐待に耐えられず、首を吊って自殺するところを見つけられ、縄から下ろされました。その時、あまりの屈辱で私も死にたい気持ちがありました。二度とその電撃を受けたくなく、自分にもうそれに耐える勇気はなくなりました。しかし、このまま罪深い事をし続けてはいけないと思いました。ある日、私は劉永来さんと交流したとき、「もし命を犠牲にする学習者が現れたら、彼らはこのような残酷な迫害が出来なくなるかもしれません」と話しました。劉さんは「みんなのために、私は一歩先に行きたい」と言いました。そして、ある日、室外で衛生掃除をしていた劉永来さんはビルの後の階段から3階に上がって、3階から頭を下に向けて跳び降りて即死しました。この事件の後、多くの法輪功学習者は声明書を書いて、残酷な迫害の下で書かされ、言わされた良知と事実に背く言葉の廃棄を声明し、信仰と真理を固く守る意志を表明しました。警察はこれらの声明書を書いた学習者を一つの班にまとめて、強制労働をさせました。朝の5時から夜の11時まで仕事をさせました。また、9人の学習者は関山教養院に移送されて新たな迫害を加えられました。私はこのまま邪悪の迫害命令に従うべきではないと思って、囚人服を着ず、隊列歩行に参加せず、規定の歌を歌わず、絶食して迫害に抗議し始めました。すぐに私の所在している班の全員が絶食して迫害に抗議しました。その後、私達は別々に分けられ、私は3大隊に転属されましたが、そこで引き続き絶食し続けました。一人の検察長が私と談話した時、彼は私にどうして絶食するのかと尋ねました。私は「別の方法がなく、私の訴訟を受け入れるところがなく、至る所すべて江沢民の司法官、裁判所であり、私達のために弁護する勇気のある人もいないので、私は自分の生命を使って抗議を行うことしかできません。これをもって、私自身に対する迫害に抗議し、江沢民と政府の法輪大法に対する迫害に抗議します。私には息子がいます。将来、息子に『あの正義に対する最も厳しい迫害の中で、あなたは何をしましたか』と聞かれたら、『私は屈服しました』と告げたくありません。私は正義を守って犠牲になってもよいが、決して節を曲げて生き延びることを求める生命になりたくありません」と答えました。私が絶食してから15日目に、教養院は迫害致死の責任を逃れるために、院外医療の名目で、10月24日私を釈放しました」。

 私達は窒息してしまいそうです。このような迫害の中で九死に一生を得た、被害同胞が口述した真相を聴取しているとき、その悲惨さにたとえ悪魔であっても、心を打たれるはずだと感じました。大昔にもなく、世に比類するものがないこの血生臭い場面、凶暴残虐な人間性、残酷極まる拷問手段は想像の範囲を超えています。穏やかな表情で残酷に迫害された経過を述べている同胞の顔を見て、私達は思わず考えました。あの帽子の上に国章をつけて、制服を着ている人たち(警官)は、この6年間、いやこの60年の中で、一体どのぐらいこのような人間性皆無の悲惨な事実を目撃し、それを隠してきたのでしょうか? 私達の社会制度は、自分の隣に住んで、しかも自分と同じように両親、妻、子供、兄弟姉妹を持っている同胞に対して、どうしてこのような凶暴残虐な迫害を加えることができるような、無情で、道徳の欠落した公職人員を育成したのでしょうか!これらの同胞の悲惨な体験は、私達の社会の中に、このような公職の身分を持ち、長期にわたって人類社会の基本的な道徳理念を無視し、人間性皆無の方式を持って、人類の人間性と基本的な道徳規範、および良知と善念を踏みにじり、破壊する邪悪な集団が存在していることを明確に示しました。胡錦濤と温家宝を含めて、すべでの同胞は認めなければならず、少なくとも誰も否定できないのは、私たちの社会制度が持続的に、積極的にこのような文明社会において恥とされている社会現象を作っており、同時にこのような社会現象が私達の社会制度の不道徳性を鮮明に現しています。

 胡錦濤、温家宝およびすべでの中国同胞よ、もう我が民族全員が反省しなければならない時に来たのではありませんか!人類の歴史上において、どの国の人民も、政府が機能している平和な時期に、心の中の信仰のために、これほど大規模で、これほど長期の、これほど悲惨な災難を経験したことはありません。今も継続しているこの平和な時期の災難は、数千人の罪のない同胞の貴重な生命を失わせ、数十万の人民が自由を剥奪されています。私達が見えた事実から、すべての不法に自由を剥奪された同胞は、みな文明社会で信じ難い肉体的な蹂躙と精神的な虐待を受けたことを証明しました。この完全に人間の理性を失った迫害は、一億余りの法輪功の信仰者、一億余りの家庭と数億人に尋問、恐喝、就業資格の剥奪、財産の略奪、仕事の制限、経済収入の剥奪などの被害を与えました。これはどれ程愚かで、危険で、不道徳な悪行でしょうか。このような悪行はすべての中国人民、および人間文明と社会道徳規範の敵ではありませんか!この社会制度はどうしてこのような残虐な価値観念を必要とするのですか!私達は、まだ何か理由があって、何かの道徳条件があって反省を拒むことができるのでしょうか?

 私の弁護士事務所、および私の家族が現在経験しているこの厳しい事態は、今日の中国で、真相を言い出す者が代価を払わなければならないことを如実に表わしています。国家は持続的に、公に、恐怖の手法で人々に警告し、真相を求めることや真相を言い出すことが非常に危険な行為であることを国民に警告しています。文明社会の国家の中で、政権を掌握している集団は、社会の真相をも掌握しています。真相の価値に対する取捨の態度は、政権の文明の程度を表しているだけではなく、この政権に道徳の基盤があるかどうかをも反映しています。しかし、私達の社会の中において、政府の社会真相を獲得する能力は、まったく違います。現行の中国社会体制の中に、一つの真相を隠蔽する完璧なシステムが形成されています。これを見た私は、本当に心が痛みました。現在のこの社会体制は、完全に真相を獲得する能力を失っています。その理由としては、この体制は真相獲得に必要な道徳基盤を完全に失っているからです。この道徳基盤はこの現行体制により完全に壊滅されました。例えば、王玉環さんなどの人たちが、迫害されている労働教養所で自ら体験した事実は、この状況を充分に証明することができます。この人たちの証言によると、毎回上級の指導者が労働教養所の仕事を監査に来る場合、すべての労働教養所はほぼ同じようなルールに沿って行動します。つまり、まず王玉環さんのような真相を暴露する勇気がある受刑者を人の目の届かないところに閉じ込めます。これと同時に、受刑者が想像もできないほどのご馳走を提供します。こうして、監査に来た上級の指導者は自ら見た、聞いた「真相」を持ち帰ることができます。監査者が労働教養所の鉄門を出た直後から、鉄門の裏では無実の同胞に対する残酷な迫害が速やかに復活されることになります。実際は、これは監査者と被監査者が協力し合って演じた芝居に過ぎず、両者の合意の上での行動なのです。この芝居を利用して、迫害されている受刑者に一つのメッセージを伝えています。つまり、ここで行った残虐な行為を上級の指導者に対しても隠蔽することができるということです。こうして、「騙された」上級の指導者は、近いうち歴史の審判が始まる時、自分の責任を逃れるための逃げ道を残すこともできます。

 現行政権はすでに真相獲得の能力を完全に失っているため、民間の真相調査行為は完全に正当性と必要性があることになっています。真相の価値は中華民族の前途に関わっている問題であり、この土地に生活しているすべての生命に緊密に関連していることです。この制度の権力はどのように私達の人民に関わりを持っているのか?私達はこれを知る権利があります。6年前に始まったこの弾圧はどのように発生したのか?国家はどうしてこんな不道徳な決定を下すことができたのか? 6年来、国家はこのような決定を実行する過程の中でどのように行ったのか?何を行なったのか? 6年間に不法に拘禁された罪のない同胞がどのくらいいるのか?強制労働教養所の高い壁の中で何を行なっているのか?今日今なお何が発生しているのか?これらのことについても、私達は知る権利があります。

 これらの問題を明らかにすることは、人民の国家に対する最低の道徳の要求です。ここで私が特に強調しなければならないことは、国家と政府が引き続き真相を隠蔽することは、すでに何の価値もないということです。この隠蔽行為はただの不道徳だけで済む問題ではなくなっています。それらの真相の発生過程を自ら体験した被害者は、いずれにせよ社会に戻ることになります。これらの人々の多くはすでに人民の中で、疲れを知らずに人々に迫害の真相を伝えています。誰もが知っているように、強制労働教養所の高い壁の中で被迫害者の処遇を決めるのは、政府しかありません。その高い壁に遮られている罪悪の真相は、幸運にも生きてそこから出てきた同胞により絶えず述べられているので、更なる真相の隠蔽は、人民と政府の間の心理の隔たりを深めることしかできません!

 中国の政府として、あなた達はまず自分が国民の政府であるという自覚を必ず持っていなければなりません。こうしてはじめて政府の角度から、政府の心理状態と政府の思考論理を持って、災難性の現実問題に面することができます。それを経てはじめて「六・四天安門事件」の殺戮や法輪功の弾圧運動および最近発生した広州汕尾同胞の銃殺事件などのような残酷な冷血事件を避けることができます。しかし、残念ながら私達はこれらの悲惨な現実の前に一つの事実を受け止めなければなりません。つまり、長い間に、この政府は、わけも分からずに、無実の国民に対して度々罪悪の事件を犯し、災難の中の国民の絶望的なうめき声や叫び声に対して完全に無視するか、或いはならず者のような暴力手段で弾圧を行なってきました。

 ここで、私は政府に税金を納めている一人の公民として、再度中国政府に次の質問の答えを要求します。あなた達はこの制度が完全に不道徳なものであることを認めますか?現行の制度がすでに現実に起きている社会問題に直面したとき、それを解決する誠意と能力は無くなっていることを認めますか?今日この政権を制御している同胞、あなた達は現在すでに全民族でこれらの問題に直面しなければならない時に来ていることを認めますか?このような問題が現実に発生した時、あなた達は明確に、道徳と勇気を持って全民族に「このような罪悪を直ちに停止して、永遠に再発させない」と明言できますか?なにをもって再発しないことを保障しますか?ご存知のように、人民はあくまで政府に対して直ちに犯罪行為を停止するように求めているだけですよ!このような政府の存在自体がおかしいことではありませんか!

 私達の調査では、多くの実例から、次のようなことが判明しました。つまり、具体的に「転化」の任務を担当している人
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