『九評』から見た、中国人米国留学生当代気質

2006/01/09 22:32
 【大紀元日本1月9日】台湾人である筆者が、二年前に本国台湾から米国に留学した際、多くのところで大陸からの留学生と話をする機会に恵まれた。私は、こうした大陸からの留学生たちの行動に首をひねることが多かったが、『九評共産党』が世に出てからは合点が行くようになった。元々、大陸の留学生というものは歪んだ党文化の中で成長してきたのだ。以下の会話で分かるとおり、九評で述べているような党文化の悪弊は、ところかまわず大陸留学生を犯している。

 ―外国人留学生、新入生座談会での大陸留学生との会話

 大陸留学生:君は台湾から来たの?

 筆者:そうですよ。

 大陸留学生:君たち台湾人は繁体字なんか使って遅れているなぁ!簡体字の方が効率的なのに!

 筆者:・・・・・・・・

 大陸留学生:この時代、米国だって中国だって左から右に字を書いているのに、誰が右から左に字なんて書くかね!?君たちは遅れているよ!

 筆者:・・・・・・・・・

 「礼儀の国」とかつて人から譬えられていた中国の伝統文化は、巨大な包容力を有していた。しかし、ほんの五十数年前に植え付けられた共産党文化は独裁的で排他的な性質を持ち、人々にこのような高飛車な言葉を言わせてしまう。

 台湾には法輪功愛好者が40万人おり、私もその一員である。大陸の留学生がそれを一旦知ると、私の電子メールには罵倒の言葉が寄せられる。そして二度と話をしてもらえなくなる。大陸留学生の一部は、法輪功に同情し、私的にメールを送ってくれるが、表沙汰にはしたくないと言う。民主的な台湾で育った私には、これを理解することができなかった。キリスト教徒であろうと法輪功愛好者であろうと、個人は自由に身分を表明することができ、言論の自由は保証されている。ところが大陸留学生たちは、米国にいてもひそひそと、「ここだけの話にして下さい・・・」と言いながら、共産党を罵り、民主を支持し、法輪功に同情する。九評の一節に、「人々は恐怖の中で、だんだんと従順になってしまう」というくだりがあるが、悲しいことに、これらの従順になってしまった留学生たちは、恐怖文化と連座文化の前で言いたいことも言えなくなってしまったのだ。これらの博士・修士候補生たちは、大陸から来た精鋭であるはずだが、共産党の長年にわたる仇敵扇動などにより、良心、正義、勇気を失ってしまっている。長年の党文化の教育が、彼らの学者としての気骨を失わせているのだ。

 大陸留学生たちとの交流で私が感じるのは、彼らの多くが共産党を倦厭している一方、常に「党には勝てない」と思い込んでいることだ。この思い込みは、根が深い。しかし、彼らは肝心なことを忘れているようである。自分たち一人一人が党の一分子なのであるから、各個人が脱党すれば、共産党は自然に崩壊するのではないだろうか?「統一した行進、統一した命令、統一した指揮」という党文化を徹底的に叩き込まれた中国エリートたちは、「脱党」の二文字が信じられないのかもしれない。

 大陸留学生は往々にして、「反中国」という言葉に非常に敏感だ。中国メディアの偏った報道により、あらゆる事件が多かれ少なかれ「反中国」にこじつけられている。米国は、「反共」であるため「反中国」であるし、法輪功は共産党のスキャンダルを暴露したために「反中国」である。「批評してはならない」というのが、独裁政治の専売特許である。私は大陸留学生たちに「このような欠点だらけの党が、中華民族を代表していると言えるのか?中共が社会の癌であるなら、どうして切り取って捨て去らないのか?」と真剣に問いたい。
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