婚姻の起源

2006年06月01日 01時00分
 【大紀元日本5月31日】人類は古くより、「婚姻」という手段によって、その血脈を後代に伝えてきた。前漢の学者・劉向(りゅうきょう、前77-前6年)が『烈女傳』で、「夫婦は人倫の始まりなり」と著しているように、人倫は夫婦に始まり、人類社会の組織はみな夫婦を基本としている。そして、男女を夫婦として結びつける婚姻制度は、人類の最も重要な社会習俗の一つだと言えよう。

 女媧が「婚姻の儀」を創造

 中華文化は半神文化、つまり、神が人類に伝えた文化だと言われており、その伝説によると、「女媧補天」の神話で有名な女神・女媧(じょか)が「婚姻」を創造したと言われる。盤古(ばんこ)が天地を開闢した後、女媧は天と地の間を旅して回った。当時、大地には山河草木があり、鳥獣虫魚もいたが、生気に欠けていた。そこで、女媧は、天地間にもっと生気をもたらすために、いかなる生命よりも卓越した生霊を作り出そうと考えた。

 黄河のほとりで自分の美しい姿を目にした女媧は、泥で自分の姿に似せて多くの人形を作った。そして、それらに息を吹きかけると、活力が注ぎ込まれ、直立で歩き、話ができ、聡明で器用な「人」に変わった。そこで、さらに、その中の一部の「人」に陽気、つまり自然界の陽剛の気を注ぎ込むと、その「人」たちは男となり、残りの「人」たちに陰気、つまり自然界の柔順の気を注ぎ込むと女となった。それ以来、これら男女が大地に無限の生命力をもたらすことになったのである。

 女媧は人類を作り終えると、彼らを永遠に存続させるために、男と女を組み合わせ、「嫁ぎ、娶る」儀、つまり「婚姻の儀」を定めた。そして、自ら最初の媒酌人となり、人類が自ら子孫を育てる責任を担い、血脈を後代に伝えることができるようにさせたのである。後の人は、女媧の婚姻制度確立に果たした貢献に感謝し、女媧を「媒酌神の祖」、つまり婚姻の神として崇めた。
泥人形に息を吹きかけて人を作る女媧



 「嫁ぎ、娶る」は、天地陰陽の調和の理

 この伝説は、中国の古書『易・序卦傳』の次の記載を裏付ける。「天地に万物あり。万物ありて男女あり。男女ありて夫婦あり。夫婦ありて父子あり。父子ありて君臣あり。君臣に上下ありて礼儀あり。夫婦の道は久しからざるをえず」。そして、男女から夫婦になるには、合法的な婚姻の儀を経て、人々に認められなければならない。男女が夫婦となった後、子女を生育し、その結果、父母と子女という親子関係が生まれる。そしてさらには、それが君臣等の社会関係へと発展していくのである。つまり、婚姻は、ただ単に個人の人生の一過程ではなく、最も大切な転換点であり、社会組織が生まれる基礎でもあるのだ。

 中国最古の詩集『詩経・鄭風』に「婚姻の道とは即ち、嫁ぎ、娶る礼をいう」とあり、後漢・班固撰『白虎通』にも「嫁ぐとは家なり。娶るとは取(めと)ることなり」とある。つまり、女は嫁ぐことによって家を持ち、男は女を自分の家に取ってくるということである。「嫁ぎ、娶る」とは、婚姻の両面であり、女にとっては「嫁ぐ」で、男にとっては「娶る」のである。これは、「嫁ぐ」という字が「女」偏に「家」と書き、「娶」という字が「女を取る」と書くことにも現れており、しかも、「嫁」と「家」、「娶」と「取」は同音である。

 これら古文献の記載は、男女の結びつきは婚姻の規則を遵守し、「嫁ぎ、娶る」儀を重んじなければならないということ、併せて、婚姻外の全ての男女関係は正当ではなく、神に認められるものではないということを物語っている。

 中国では古くから、次のように言われている。「夫婦は天地乾坤で、陰陽の男女が組み合わさったものである。夫は客をもてなす大広間であり、対外的な『家』となり、妻は奥の間の内面的な『室』となる。そして、『家』と『室』が揃ってはじめて家庭円満となる。もし、男に妻がなければ『室』を成さず、女に夫がなければ『家』を成さない。どちらが欠けても家庭は完全とはならず、『家を成し業を立てる』ことはできない」。つまり、男が娶り女が嫁ぐというのは、人の終身の大事であり、一家を構える基礎であって、かつ、天地の陰陽の調和の理に適合しているのである。

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