在留台湾人評論家:「中国経済は、展望がない自転車操業」

2006年07月02日 09時00分
 【大紀元日本6月28日】東京大学で農業博士号を取得し、「毛沢東の真実」などの訳書で知られる在留台湾人評論家の廖建龍(りょう・けんりゅう)氏は6月25日、東京・市ヶ谷の私学会館で「中共体制下の中国における虚と実」という演題で講演を行い、長らく日本企業の現地法人窓口として、中国内地の情況、特に農村部を視察した経験から、中共体制下の改革開放とその問題点を分析し、中国経済は、環境を犠牲にして、将来的な展望がない自転車操業であると指摘した。

 廖氏は講演の中で、83年頃から日系企業の現地法人窓口として中国大陸に渡り、現地を視察するようになったと語り、80年代当時の中国国営企業、中国一般大衆と接触、83年から95年まで日本企業の先兵として中国各地を飛び回ったという。台湾生まれの寥氏が訪れた80年代初期の中国は、言葉は通じるが、まるで(考え方の違う)外国であったという。

 廖氏はまず中国国内における中共の粛清について語った。中共は、50年代に「資産家狩り」を開始、地主から土地を没収し、資産家から資産を巻き上げた。次に、「国民党狩り」を展開、国内に潜伏する蒋介石親派を駆逐した。そして次に「インテリ狩り」、知識階層に「百家争鳴」とけし掛け、共産党批判をすると一網打尽に逮捕した。次に「党内闘争」を展開、文化大革命を誘発し、紅衛兵を組織し党内の政敵を失脚させた。その中で運よく生き残った、最後の一人が_deng_小平で、この60年代から70年代を中国にとって不毛の「空白の20年」と評した。

 また80年代の中国には、まだ外貨が十分に準備されておらず、外国資本とはバーター取引で資本提携を開始、この頃から有力中央官僚を親とする「太子党」が利権階層を構築し、「公定価格」と「市場価格」の差益を独占する「商品ころがし」を始め、いわば政府が品物を10元で買い、市場に30元で卸す、官僚腐敗が横行し、民衆の不満が高まり、天安門事件に発展したという。この情況は、台湾国民党が政権を執って後の「2・28事件」と酷似していると述べた。

 80年代後半の改革開放後、外国資本が中国への投資を渋る中で、いち早く現地法人を設立して工場生産を始めたのは、台湾系企業だという。台湾人は88年に中国渡航が解禁されると、生産技術をもって大陸に渡り、カントリーリスクに目をつぶって果敢に生産を開始、これに目をつけて次に入ったのが欧米系企業で、市場調査を行い利潤性の高い部分を占有した。最後に慎重を重ねて入ったのが日系企業だったという。現在の中国市場は、利潤性の高い部分を西側先進国が大部分を席捲し、また生産ラインにおいても先端技術と商品の発送分配を外国資本が抑え、中国側は労働力の提供しかしていないことから、現在の中国は「経済的植民地」ではなかろうかと疑問を提出した。

 また90年代に入り、中共は世界最大にして「中国で唯一の地主」であることに目覚めたのだという。それから、党は外国資本や国内の私企業などに土地の使用権を販売し、国営企業の資産を切り売りし始めたが、同時に一般大衆に対する社会保障もまた切り捨てられ、「健康保険」を失い「義務教育」の学費高騰に苦しむようになった一般庶民の苦悩は増大したという。中国の大学教育は、毛沢東時代から80年代末まで、優秀な学生は学費から寮費まで全額免除であったが、それ以降は全額徴収するようになり、中学・高校の学費高騰と合わせて親の負担が大きすぎ、教育面だけ見ても「中国に将来はないだろう」と予測した。

 中国経済については、現在のGDPが約2兆米ドルあるというが、不良債権は約1兆米ドルあり、経済成長率も7-8%というが、先進国の成長率の2%にしかすぎず、増大する人口からするとすぐに失業などの社会不安を誘発しかねないと指摘した。中国の経済成長は、「池の魚を採るのに、池の水を総て干し上げ、魚を一網打尽にして山分け」する方式で、環境破壊が厳しすぎて、「将来は考えず、現在で山分け、後は野となれ山となれ」で、将来的な展望が全くない自転車操業であるという。

 農民の「三農問題」について、毛沢東は農民の力を借りて蜂起したため、まだ農村が注目されていたが、_deng_小平の時代になり、農民は「切り捨てられ」抑圧されており、21世紀に入った中国農村部の惨状は、清朝末期と同様であるという。特に教育が受けられなかった農民は、無知で「動物」のようで哀れみを誘い、中国国内では「二等国民」の扱いを受けて搾取され、「農民税」を支払えない農村は税金徴収で疲弊し、地方政府当局にたびたび陳情するが受け入れられず「鎮圧」されているという。

 毛沢東やスターリンが、「鉄のカーテン」によって閉鎖戦略をとったのに対し、_deng_小平は経済部門を外国に開放したが、ゴルバチョフのペレストロイカから旧ソ連の崩壊を見て、「民主化」に深い警戒感を持つようになり、「政治的な綱紀」は却って引き締めたという。台湾の蒋経国もかつて「開発独裁」を標榜して経済開発を進める一方で、「国民党独裁」を目指した経緯があり、全く同様と指摘した。

 現在の中国では、党員と解放軍人には社会保障があるが、一般庶民にはなく、さらに「既得利益集団」が、国富の70-80%を占めている現状は、民衆との貧富の格差は拡大する一方だという。毛沢東と_deng_小平が、政治的辣腕を振って鶴の一声で国内を統一する「強人政治」だったのに対し、江沢民以降の胡錦涛は「常人政治」であり、経済成長を持続しないと国内不安が広がる危険があるという。

 2006年は、中国文化大革命40周年であり、6月は六四天安門事件17周忌を迎えた月で、中国民衆から歴史の見直しを迫る動きがあったが、当局は許可しなかった。まさに「党の歴史」が、党のキズであるという。毛沢東時代、種々の摘発により1000万人が逮捕され、大躍進時代には飢餓で4000万人が死亡し、文革で2000万人が粛清され、都合7000万人が犠牲になっているが、党が依然として毛沢東を崇拝し、毛沢東思想を放棄しきれないのには意味があるという。

 毛沢東政権は、国民にはマイナスの、党にはプラスの、正反対の財産を残したという。中国人民には、①「人間は力なり」という思想の元、人口を倍にした②秘密警察に代表される、密告制度を確立した③文革の過程で、中国全土の貴重な文化遺産を総て破壊し尽くした④空白の20年で、社会の進歩を遅らせた⑤農民を結果的に見捨てた。対して党には、①独裁政権に代表される「党国制度」を残した②50年代に没収した中国全土の土地を総て党に与えた③「利益集団(既得権益)」を残した。総括すると、人民には何の得もなく、党ばかりが優遇される仕組みだという。

 
 ※廖建龍(りょう・けんりゅう)氏:1934年、台湾で出生。59年、東京大学農学部卒業、農学博士。香港、台湾企業の大陸進出、日系企業の現地法人窓口として大陸内部を視察、90年代から評論活動に入る。著作に「香港崩壊と日本」(光文社)、翻訳共著に「毛沢東の真実」(草思社)等々。雑誌に評論多数。

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