彼岸

2006/09/23 08:00
 【大紀元日本9月23日】春分の日(3月20日頃)と秋分の日(9月23日頃)を中日(ちゅうにち)にして、その前後3日間の7日間のことを「彼岸」という。そして初日を「彼岸の入り」、最終日を「彼岸の明け」と呼ぶ。「国民の祝日に関する法律」には、「秋分の日」は「先祖をうやまい、亡くなった人をしのぶ」と書かれており、地方によって違いはあるが、先祖を供養し、牡丹餅やおはぎ、お団子などを仏壇に供えたりする。

 「彼岸」という言葉は、古代インド語のバーラミター「波羅蜜多」が語源で、意味は「彼の岸へ至る」。煩悩や迷いに満ちたこの世「此岸」(しがん)を離れて、苦しみの無い、悟りの世界・仏の世界「彼岸」に至るという意味だと言われている。

 日本の特に浄土系の信仰では一般に、死後は阿弥陀如来の導きにより、人は彼岸に渡ることができると考えられていたため、既に彼岸の世界へ行った人たちを供養するとともに、まだ辿りつけずにいる人たちに早く向こうへ辿りつけるよう祈るというのが彼岸の仏事の趣旨となっているようだ。

 彼岸の仏事は浄土思想に由来しており、浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられていた(西方浄土ともいう)。春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりだ。迷っている人も、春分、秋分の日に沈む太陽が示す道しるべを信じて進めば、必ず極楽浄土に至ると考えられた。

 ある説によると、彼岸の起源は平安時代までさかのぼる。この頃、政権を争う戦いが長く続き、その不安から人々の間で「末法思想」が広まり社会現象となり、人々は現世で報われないのならせめて死んでから極楽浄土へ行けるようにとすがるようになったそうだ。

 仏教の教えには、何でもほどほどが良いという『中道』という考えがある。その考えと合致してできたのが彼岸だともいわれている。春分の日と秋分の日は昼夜の長さが同じになる。また、暑くもなく寒くもないほどほどの季節であり、太陽が真西に沈む時期ということで、次第に人々の生活に浄土をしのぶ日、またあの世にいる祖先をしのぶ日として定着してきた。

 また、彼岸にはもち米とあんこで作った『牡丹餅』や『おはぎ』を備えるが、古くから小豆は邪気を祓う効果のある食べものとして知られており、それが祖先の供養に結びついたと言われている。牡丹の花が咲く時期である春の彼岸にお供えする場合は「牡丹餅」といい、萩の花が咲く時期の秋の彼岸にお供えする場合を「おはぎ」といっている。一般的に牡丹餅はこしあんでおはぎは粒あんを使用しているようだ。

 暑さ寒さも彼岸までといわれるように、季節の変わり目である彼岸は、今では単に仏教上の行事というだけではなく、私たちの生活の中で季節のシンボルとなっている。

(大鬼)


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