三峡ダム湛水工事開始、古城大昌まもなく水没

2006年10月12日 09時15分
 【大紀元日本10月12日】三峡ダム156メートル湛水工事が開始されてから11日目にあたる9月30日早朝、長江沿岸に位置する古城大昌の南門埠頭は水浸しになった。推測によれば、10月15日に古城大昌は完全に水没するという。

 重慶市巫山県大昌古城はおよそ1700年前の晋の時代に構築されたもので、今まで三峡地区で唯一完全に保存されていた古城である。10月15日、湛水工事により、大昌古城と周辺にある広範囲におよぶ田んぼが完全に水没し、古城とその周辺地方で約12平方キロメートルの湖が形成されると観測されている。そして、三峡地区で最も大きい湖-大昌湖となる。

 また、中国第二の唐の城と呼ばれている重慶市雲陽県高陽鎮にある明月■唐の時代の遺跡、及び巫山の小三峡桟道は既に水没している。

 歴史考古学専門家によれば、明月■(ミン・ユエ・パー)唐の時代の遺跡は三峡地区でのA級重要発掘遺跡で、総面積は15平方メートル以上である。遺跡の上部は唐の末期から五代十国までの建築物が見つかっており、下部には唐の前期、中期の建築物が見つかったという。同遺跡は三峡地区で発見された遺跡の中で、保存状態が最も良いうえに、規模も最も大きい唐の時代の遺跡で、2000年度十大考古発見の一つでもある。

 三峡ダムの湛水工事が完全に終了する際には、水位175メートル以下にある約39ケ所の古跡が水没すると予想されている。三峡地区には60ケ所の旧石器時代の遺跡、80ケ所の新石器時代の遺跡、100ケ所の巴人遺跡、470ケ所以上の漢の時代から魏晋南北朝時代の遺跡、300ケ箇所以上の明と清の時代の古跡、または多くの古道や桟道などがある。そのため、考古学界では、ダムを完成するのに膨大の重要文化遺産が破壊され、その価値は計り知れないほどだと遺憾の意を示した。

 ■(■=土+貝)

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