アングル:行き場失う農産物、新型コロナで世界の食糧流通網寸断

2020/04/12
更新: 2020/04/12

[サーターラー(インド)、シンガポール、ロンドン 3日 ロイター] – インド西部、土地の肥沃(ひよく)なサーターラー地域では、農家が家畜にふだんと違う餌を与える光景が見られる。水牛にレタスを与える者もいれば、乳牛にイチゴを与える姿もある。

特別なご馳走というわけではない。家畜に与えるか、さもなければそのまま廃棄するしかないのだ。実際に廃棄している農家もある。トラックに満載された生のブドウを、堆肥の山に投棄して、腐るに任せている。

新型コロナウイルスの拡散を防ぐ目的で行われているロックダウン(都市封鎖)のせいで、農家は収穫物を消費者に届けることができなくなっている。世界の多くの地域と同様、インドでも、人の移動が制限されたことで、農業や食糧サプライチェーンに混乱が生じており、さらに広い範囲で食糧不足や価格高騰が起きるのではないかという懸念が高まっている。

世界中で、何百万人もの労働者が、収穫や作付けのために田畑に出られなくなっている。商品を移動させるトラック運転手も足りない。飛行機も飛ばないため、生鮮食品を運ぶ航空輸送能力も急減した。そして中国からの船便が減少したため、食品出荷に使うコンテナも不足している。

米フロリダでは、メキシコからの移民労働者が不足しているため、スイカ、ブルーベリーの栽培農家では、作物を収穫できないまま腐らせてしまう懸念が生じている。欧州でも同様に、働き手の不足により、野菜農家が作付けのタイミングを逸している。

食糧生産・流通に与える打撃がこれだけ広がっていることは、今回のパンデミックが世界各国の経済を行き詰まらせ、最も必要不可欠な企業向け・消費者向け市場さえも混乱に陥る可能性が際限なく大きいことを示している。今のところ、コメや小麦といった主食用の穀物の供給については混乱は限定的だが、作付けや物流面での問題は増大している。

インドの農家アニル・サルンケさんは、収穫したイチゴを乳牛に与えている。ふだんならイチゴを楽しんでくれる国内観光客の姿はなく、近隣の大都市ムンバイの街路で活躍していた果物売りたちもいなくなってしまったからだ。

サーターラー地域のダレワディ村で乳牛にイチゴを与えていたサルンケさんは、ロイターの記者に「ロックダウンのせいで、イチゴを買おうという人が誰もいない」と語った。

<移動できない出稼ぎ労働者>

国連食糧農業機関(FAO)のシニアエコノミスト、アブドルレザ・アッバシアン氏によれば、作付け・収穫の混乱による潜在的な影響が最も深刻なのは、多くの人口を抱える貧困国だという。

世界で2番目に人口の多いインドでは、住民の過半数が農業に従事しており、こうした混乱に対して最も脆弱な国の1つだ。

モディ首相は3月25日、わずか数時間の猶予しか与えずに、21日間のロックダウンに踏み切った。国内1億2000万人の出稼ぎ労働者たちの多くは、家賃や食費、交通費もないまま、故郷に帰る方法を見つけるのに苦労することになった。

インド北部の穀倉地帯は国内東部からの出稼ぎ労働者に依存している。だが、ロックダウンの措置に伴い、労働者は農場を去ってしまった。

パンジャブ州カンナにある国内最大の穀物市場で取引に携わるジャディッシュ・ラルさんは、「誰が作物を収穫し、市場に持ち込み、製粉所に運ぶのか」と話す。

ある場所で供給上の問題があれば、その影響はすぐさま世界の別の場所で感じられることになる。貨物の通関支援を行うオービット・ブローカーズのクレイ・カステリノ社長によれば、航空機の貨物スペースが縮小されたため、カナダではタマネギ、オクラ、ナスなどインド産の高級野菜の輸入がこの2週間で最大80%減少したという。

カステリノ氏は、こうした急減は、それらの食品が単にゴミになってしまったことを意味する、と話す。「生鮮食品だけに、こちらに来ないからには、捨てられたということだ」と同氏は言う。

<欧州でも人手不足>

スペインでも、モロッコなど渡航禁止になった国々からの移民労働者が不足している。

スペインの栽培農家団体オヌバフルーツでマネジャーを務めるのフランシスコ・サンチェス氏は、「あと15日ほどすればブルーベリーの収穫ピーク期を迎え、それが5月半ばまで続く」と話す。「その時期には多くの労働力を集中する必要がある」

イタリアでは、今後2カ月間に約20万人の季節労働者が必要になる。イタリア食品協会のイバノ・バコンディオ会長は、政府は、国からの給付金を受けている人々に、果実・野菜類の収穫を手伝うよう要請せざるをえないかもしれない、と話す。

フランスではギヨーム農業大臣が、フランスが抱える「陰の軍隊」、つまり、(今回の新型コロナ禍の影響で)新たに生じた失業者たちに、ふだんの移民労働者たちに代わって農場で働くよう呼びかけを行った。

フランス最大の農業団体FNSEAのクリスチャン・ランベール会長は、「この呼びかけに反応がなければ、作物は畑に残されたままとなり、農業セクター全体にダメージが生じるだろう」と述べた。

大豆、コーヒー、砂糖に関して世界最大の輸出国であるブラジルでも、農業ロビー団体CNAが同国農業の直面するさまざまな問題を指摘している。たとえば、作物を輸送するトラック運転手を雇う際の困難や、農業機械のスペアパーツの不足などだ。

大豆かすの輸出国として世界首位のアルゼンチンでは、政府が入港する貨物船の検査を強化しているため、輸出に遅れが出ている。

<滞る陸・海・空の輸送路>

トラック輸送の問題に加え、航空交通の急減によって、生鮮食品の長距離輸送能力が大幅に失われている。

フロリダ州マイアミを本拠とする果実輸入商社HLBスペシャルティーズのアンドレス・オカンポ最高経営責任者(CEO)は、民間航空機を利用してパパイヤその他の果実をブラジルから運んでいた。現在は仕入れ先をトラック輸送が可能なメキシコとグアテマラに変更している。

オカンポ氏によれば、彼の会社がブラジルから輸入する量は80%減少したという。

「欧州での状況はさらに悪い。パパイヤの輸入元として、メキシコのような代替国がないからだ」と同氏は言う。

米国・カナダの輸出業者は、商品供給に使う冷蔵コンテナの不足に悩まされている。ロックダウンに伴う需要低下を受けて、中国から米国西海岸向けのコンテナ船の運航量が4分の1減少してしまったからだ。

「今のところ、コンテナの確保が難しくなっている」と語るのは、米国ベースの業界団体である国際酪農食品協会のマイケル・ダイクス会長。「5つコンテナが必要でも、1つしか確保できないという状況だ」

労働者の自宅待機に伴う港湾の混雑によって、中国などの目的地への豚肉や牛肉の出荷も滞っている。中国ではアフリカ豚熱の感染拡大により1年半で世界の豚の4分の1が市場から消え、タンパク質の供給が不足しているが、状況はさらに深刻化した。

<過去の食糧危機と異なる性質>

いま表面化している供給チェーンの混乱は、2007ー08年及び2010─12年の食糧危機とは大きく異なっている。当時は穀物生産国における干ばつによって供給不足から価格上昇に至り、いくつかの国では社会不安・暴動が生じた。このときの価格上昇は、部分的には、国家がコメその他の主食穀物を備蓄したためでもあった。

現時点では、主食穀物の供給は相対的に潤沢であり、グローバル価格もここ数年、低い水準にある。米国、ブラジル、黒海周辺諸国が作付面積を増やし、収量を改善してきたからだ。

食糧安全保障の懸念が高まるなかで、イラクやエジプトなどの大輸入国が穀物の調達を増やす兆候があるものの、他国では輸出が増えている。たとえばコメの輸出量で世界2位のタイでは、コメ価格の上昇に乗じて、備蓄からの輸出を増やしている。

だが、コメ輸出量で世界1位のインドは、人手不足と物流上の問題により、コメ輸出を停止した。輸出量3位のベトナムも輸出を抑制している。

主食となる食品の供給が混乱した場合、最も脆弱な立場に置かれるのは、アフリカ諸国のように、多くの住民が所得の半分以上を食糧に費やしている国々だ。

世界で最もコメ消費量の伸びが急速なのはアフリカ諸国で、世界の輸入量の35%を占めている。小麦に関しても30%である。サブサハラ・アフリカ諸国に限っても地域別のコメ消費量では世界第3位だが、その需要に比べて、穀物の備蓄量はあらゆる地域のなかで最も少ない。政府の財政が厳しく、また備蓄設備も限られているからだ。

過去の食糧危機は供給面でのショックが伴うものだったが、現在問題になっているのは、十分な供給を、それを必要としている人々、つまり突然収入を失ってしまった人々の多くにどうやって届けるか、という点だ。

「まったく性質が異なる問題だ」とFAOのアッバシアン氏は言う。「食糧を輸送するための人手が足りず、トラックがない。そして食糧を買うためのお金もない」

(Rajendra Jadhav記者, Naveen Thukral記者、Nigel Hunt記者、翻訳:エァクレーレン)

4月3日、インド西部、土地の肥沃(ひよく)なサーターラー地域では、農家が家畜にふだんと違う餌を与える光景が見られる。水牛にレタスを与える者もいれば、乳牛にイチゴを与える姿もある。写真は3月、米フロリダ州レイクウェールズのブルーベリー農場で働くメキシコからの出稼ぎ男性(2020年 ロイター/Marco Bello)
Reuters
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