北京・新大戦略:非軍事ソフトパワー戦略で攻勢(再掲載)

2007年01月09日 11時39分
 【大紀元日本1月9日】(※文章の後半部分が抜けておりましたので再掲載します)米国のシンクタンク・ジェームズタウン基金会は先月、「北京の新しい大戦略:非軍事のソフトパワー戦略で攻勢を展開」と題する論文を発表し、米中の潜在的な軍事衝突について、北京は真正面の衝突を回避して、「軍事以外の手段」(extra-military instruments)で米国の優位性とその影響力の弱体化を狙っているという。

 台湾淡江大學戦略研究所の林中斌教授(リン・チョンピン=台湾前国防副部長)が書いたこの論文では、「軍事以外の手段」は、経済援助や文化浸入、法律的な強制、外交威圧などを含めているという。この特殊な非軍事手段戦略は「ソフト的」ではあるが、その効果は決してソフトではない。北京が台湾を圧制する際に使った手段も同様である。当然のことながら、中共解放軍が主張したように「軍備は整っているが、できれば使わない」、つまり軍事力を使うことも考えられる。

 戦略原則

 中国共産党(中共)がこの新しい重要戦略を練る過程で、その目標に権力と政治要素を注ぎ込んだようだ。その戦略は次の6項目にわたる。①代価を惜しまず国内の安定を守る②米国との間は衝突ではなくて協力関係を構築したい③近隣国の成長・発展・安全に協力しその友情を勝ち取る④平和な手段で台湾を統一したいが武力使用は最終手段とする⑤ヨーロッパとロシアとの関係を強化し、米国とパワーバランスをとる⑥南米とアフリカの権力真空を埋める。

 論文によると、「時代の流れは中国にとって有利であるが、現段階では正面から米国の軍事力に対抗したり、または強制手段で台湾統一を図ったりするのは賢明ではない」との見解は、北京当局の戦略原則となっている。中国外務省の内部書類には「今後8~10年間、米国戦略の成果が頂点に達した後に緩めていく可能性があり、国際情勢は米国との関係で米国の圧倒的な強い状況から対峙状態に転換する。それにより、中国共産党のチャンスが増え、米国の弱体化が同時に現れるが、同一速度で進行するとは限らない」としている。

 この戦略は2002年夏に初めて発表された。当時の副首相・銭其●(チェン・チーチェン)氏により「米国との関係は、競争より協力関係が優先」が提唱され、中国の「統一」よりも経済発展が重要とされた。(●は王へんに「深」の右側)

 戦略の実行

 北京当局は自らの経済力を外交政策の道具としてうまく駆使してことはすでに良く知られているのだが、その文化浸透の目論見がこれまで過小評価された。北京フォーラムのような大規模な学術会議を開催し、美人コンテスト、スポーツ試合などを催し、積極的に中国共産党的な文化を世界に広げ、世界の人々が無意識に、中共当局の存在を国際的な巡礼聖地として認識させるようとしている。中国本土では中国の伝統文化を否定し続ける一方、外国人を魅了した伝統文化と言語を利用して、中共当局のフィルターを通した文化を世界に輸出している。林氏の紹介によると、昨年11月まで、中国はすでに世界各地で70箇所の孔子学院を設立した。

 更に、無神論のマルクス・レーニン主義を堅持する北京当局は、仏教の概念をその戦略的な宣伝に入れて、表では平和な国のイメージを造り上げている。例えば今年4月中国は杭州で第1回目「国際仏教フォーラム」を開き、34カ国から千名以上が参加した。

 非軍事手段をアピールするほか、中国共産党の新しい戦略は時に不一性と矛盾が見られる。外交部が追求する良好な国際関係と人民解放軍が求める帝国主義との戦争に勝利する目標は常に矛盾している。最近、外務省と軍隊の関係は、少なくとも政府の公式活動と宣伝事業において、外交目的の違いは明らかに減少している。2003年1月、当時の人民解放軍の熊光楷・参謀総長代理が銭其チェン氏の提案に同意し、「米中関係の改善は外交関係で最優先事項である」と述べた。

 同盟者を常に変えることは中共の対外政策の特徴であるが、現在では中共の長期外交政策にとって弊害となっている。例えば、2005年6月、北京が米国の国連安全保障理事会に新メンバー増加案に反対したが、1ヶ月後、北京はロシアと共に中央アジア駐屯米軍に撤収を要求した。2003年半ば、米国はシンガポールマラッカ海峡でのパトロール権の取得を目指したが、中国はエネルギー供給ルートが米軍に断たれる恐れがあると懸念し、密かにマレーシアとインドネシアに接近した後、猛烈に米軍の介入に反対した。2004年4月、ワシントンは正式にこの件を放棄し、代わりに多角的な海上安全防衛を目指した。

 北京の協調外交政策により、銭氏が2002年で予測したように、米国の外交政策グループの「封じ込め政策派」が抑制されたほか、新たに「和解政策派」を生み出した。その政策は、中国はすでに大国として確立しているのだから、米国はその動きに順応すべきとするものである。2004年10月、ニューズウイーク誌のファリード・ザカリア氏は「繁栄を続けるために、(米国は)中国をはじめとするアジアの台頭に適応しなければならないだろう」と見解を述べた。ザカリア氏の見解はまもなく、公式の政策論議に取り上げられた。クリストファー・ヒル米国務次官補は2005年5月に「米国、特に、アジア・太平洋諸国が直面する主要な課題は、局地的にも、世界的にも大国として台頭してきた中国にいかにして適応するかである」ことを明らかにした。

 米国の対中外交の以前の選択肢は、交流(engagement=訳注・経済交流、つまり期待)、封じ込め(containment=訳注・安全保障、つまり警戒)、その両者を折衷した(congagement)選択肢すらある。いずれの選択肢においても、ワシントン側が主導権を握っていたが、和解政策が外交オプションに加えられることになり、ワシントン側は劣勢の立場を取らずに共同することになる。

 日中関係は最近突然の改善を見たが、この事例も、隣国関係で最も難しい外交関係に適応された見せ掛けの協調姿勢が功を奏したものと言える。日中関係が最悪になった2005年においても、北京側は日本に二つ目の「孔子学院」を設立することができた(中国新聞社、2005年11月2日)。日本の中国への依存は、2004年から日中貿易額が米中貿易額よりも上回り、日増しに増大している。2001年の選挙では首相の靖国参拝を要求していた戦没者の全国組織「日本遺族会」ですら、2005年6月には当時の小泉首相に国益のため靖国神社参拝を控えるよう求めている。そのほか、メディアリーダー(読売新聞の渡辺社長)、ビジネスグループ(経済同友会)、更に小泉前首相の福田官房長官までも首相の靖国参拝に反対した。

 北京は新しい「ソフトパワー」戦略を実施して当初は成果を得たが挫折もある。例えば2005年に北京が台湾に対し「分裂反対法」を公表した後、EUが突然武器輸出禁止措置の取り消し案を変更した。

 中国は、政治的に「永遠に第3世界を代表する国家」であると_deng_小平前国家主席が宣言したが、大国の存在として世界にアピールするためには、国際社会からの圧力と批判に応じなければならない部分も強くなっている。北京の新しい「ソフトパワー」戦略は、国際社会にとって挑戦でもあり、チャンスでもあると林氏は論文を結んでいる。

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