【書評の「本」懐】 日本霊地巡礼『観光』

2007年05月16日 11時17分
 【大紀元日本5月16日】この本は1984年の節分(2月3日)の奈良・天河大弁才天社を振り出しに~戸隠神社~そして何故か、テレビゲーム感覚の聖地「六本木」~ゴールデンウィークのまった只中には大山阿夫利神社の境内~日本のおへそに当たる豊川稲荷から伊勢神宮~そして富士浅間神社をお参りして一区切り~5年後の1989年に諏訪大社で二人が再会して、ようやく締めくくられた対談集です。ご両人が発見した日本列島を一本につなぐ経絡線(霊ライン)を、江戸時代の庶民感覚で霊地をつぶさに巡礼しました。

 霊地をつなぐ間(はざま)をテクノポップな環境音楽のささやきで満たし、霞(かすみ)と呼ばれる修験道のネットワークの消息を野生の思考で語り合うことが試みられました。地球と対話する知恵のバイブレーションを感得するには、霊地巡礼に勝るものはないという蟹座生まれの細野さんの直感と、チベット密教を修行したことのある宗教学者・中沢さんの洞察が意気投合して決行されたのでした。

 細野さんは前年にYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)散開コンサートをやり終え、新たな旅立ちのビジョン・クエスト(探究)を始めていました。細野さんはこの頃さかんに、地図を買い求めて何かを確かめています。一枚の日本地図と地球を結ぶ糸を、何とか探り当てようとしていたのです。日本地図に蟹座の直感が思い当たる不確かな線を引くことから、地球を走る竜脈が見えてくることに気づきました。手当たり次第に線を引く根拠のない確信から、やがて手応えのあるものが胚珠のように生まれてきます。人類を浄化する観光音楽やワールドミュージックの楽譜が、一本の霊ラインから誕生してくる予感のようなものに浸されていきます。

 より良く生きるためには、地球と自分との関係を再生する旅にでかけることだと、細野さんは思い至っていました。霊地が発している観光(神々しい光を観ること)の力で、自分を照らしてその中で「動き、停まり、感じた」ことを表現するために、音楽が目指す時代の方舟の舵を取ろうとしていたのです。自分の仕事と地球との関係を確かめるため、肉体と精神の移動という「観光の方法」に委ねてみようと紀伊半島の水脈から紀州の天河へと先ず向かいます。いつだって細野さんにとっては、思い当たるという蟹座の直感が、行く先の手ごたえを与える導師でした。「地球の線を引っぱって、地球意識を自分の中で感知する」のだと細野さんは語っています。人間の脳と地球との相似性に、早くから注目して音楽の未来を考えていました。霊地を歩くと頭がクリアーに賢くなって、浄土に向き合う観光音楽へのイメージがこの時にすでに沸き立っていたことでしょう。このせいか久方ぶりの山登りの巡礼行は、とても体調が良かったようです。そんな細野さんの近況を知って、線上のメリー・クリスマスの挨拶を交わして、一緒に巡礼しようと現れた心友が中沢さんでした。

 中沢さんは気鋭の宗教学者として、チベットの青い空が輝く成層圏の裸の言葉で、清らかにポップに真新しい科学的な霊学の地平を切り開いて、颯爽と輝く時代のインパルスを放っていました。1983年に出版された『チベットのモーツアルト』はニューアカデミズムの先駆けとして、読書界の話題をさらっています。自然という裸の素材をアートにメタモルフォーゼさせる職人的な技芸が、メチエと呼ばれるものです。中沢さんはこのメチエに注目して、行き詰った都会のジャングルに野生の思考を蘇らせようとします。中沢さんにとって霊地は、重層的に野生の思考が折り畳まれている場所なのです。中沢さんが大好きなメチエの達人・太公望が、幾層もの次元を越えて釣り糸を海底深く降ろし、生のリアリティーそのままを手に入れるように、そのための魂の技法をこの本でも丁寧に優しく語ってくれています。

 絵師やアクロバット芸人や宮大工の手仕事に、魂振り込められてメチエの精神は息づいて継承されてきました。裸のマテリアル(物質)に直かに触れることによって、メチエの精神は研ぎ澄まされるのです。それは机上の学問が宗教を論じたり、オカルトじみた神秘主義のイリュージョンやぺダントリーに陥らない手触り確かな賢者の道です。どんなに希望のない時代でも、メチエの精神や霊地が醸し出すエチカ(倫理)を、地球や人類のために役立てようとする人がいなければならないのです。コンピューターを初め、人類に与えられた新しいテクノロジーに裸で向き合って、メチエの精神を自覚的に吹き込んでいく、これからの覚悟を中沢さんは語っています。

 「音楽家はそのテクノポップに自然史の木目を刻み込もうとし、学者は彼の概念にトカゲの膚の光沢を与えようとしている」と中沢さんは二人の観光巡礼コラボレーションを要約してみせてくれました。こうして大地のスピリットに直截に触れうる霊地観光という物見遊山のノマドロジーは、未来へと人類を導くテクノロジーを知覚して役立てる、新しい地球の視点を発見する旅でもあったことを教えてくれました。音楽家である細野さんと、宗教学者である中沢さんをつなぐ「ハート・エッセンス」を、この観光の旅でみやげ物をどっさり買った二人は、融通無碍に分かち合ったのです。それは幸多かった1980年代半ばの、とても有難い私たちへのおみやげ話でもありました。
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