何清漣:五輪大会の蝕

2007年08月12日 08時12分
 【大紀元日本8月12日】中国の強国への夢には富国と強兵という二つの項目以外に、重要内容として人権をも並び入れなければならない。

 8年前五輪開催招致に成功し、国内外から高い評価を受け期待感も高まる当時と比べ、現在中国政府当局は、国際社会における北京五輪ボイコットを呼びかける動きがますます強まっている、という避けられなく耐えがたい局面に直面している。一般的国際政治情勢に参与しないノルウェーにすら北京五輪のボイコット活動に参加する団体が現れたという。また、中国当局にとって最も耐え難いのは、たとえば黒龍江省富錦市清化村の3000人の村民が「五輪は要らない!人権がほしい!」を呼びかけるための署名活動に参加したように、国内の人々も北京五輪のボイコット活動に参加するようになった。

 五輪開催招致に成功した2001年から今年まで七年間しか経ていなく、中国経済神話の魅力はまだ消えていないが、なぜ中国に対する国際社会の印象が大きく変化したのだろうか?これは、北京五輪をボイコットするスローガンなどを分析すれば理解できる。中国政府の背信行為が北京五輪のボイコットをもたらし、その動きをさらに強めたのだ。中国政府は当時国際社会からの中国の五輪招致への圧力を緩和するために、中国の人権状況を改善すると約束した。しかし、五輪開催権を獲得してから、中国政府は人権問題の状況を改善するところか、却って、国民に対する政治的な圧力を強化した。また日々強まる「諜報統治」は中国の人権状況をますます悪化させた。

 一、中国政府当局の背信行為によってもたらした北京五輪ボイコット活動

 可笑しくてたまらないのは、「国家安全危害罪」、「政府顛覆罪」、「国家秘密漏洩罪」など、反体制言論を行った人や学者には厳しい政治的な罪名を強い、彼らを刑務所に押し入れた中国政府当局は、北京五輪へのボイコットの動きに対して、過去と違って、問題を政治化させようとした。中国政府当局は、国際社会に五輪大会を政治と一緒に関連させないようと求め、また報道を通じてある教授の発言を引用し、五輪大会を政治と一緒に関連させることは「根本的にオリンピック精神を理解していない表れだ」と反論し、さらに過去米国を含む61カ国のモスクワ五輪大会へのボイコット活動を「茶番劇」だと話した。

 では、歴史上で起きた五輪大会へのボイコット活動を振り返ってみよう。五輪大会は「政治に干渉しない」との基本原則に従っているが、しかし、これまで開催された五輪大会は時代の政治的な印を押され、現代国際政治情勢の発展と密接に関連している。1896年から、五輪大会は4年ごとに開催されている。1916年、1940年そして1944年の二回にわたる世界大戦の発生によって中断された。第二次世界大戦以降、国際情勢は奇妙で大きく変化し、米国と旧ソ連をはじめとする東西陣営間の冷戦局面、世界二極化の進み、そしてアジアやアフリカ諸国で起きた民族解放運動、などの歴史大事件は五輪大会に大きな影響を与えた。これらの国際衝突によって、ある一部の国には本国の政治的利益のため、五輪大会をボイコットし、また対抗的な関係にある国との競技を拒むような動きがあった。1956年メルボルン五輪大会では、エジプト、イラク、レバノンはスエズ運河へのフランス、イギリス、イスラエル侵攻に抗議してボイコットし、また、旧ソ連によるハンガリー介入を非難するために、スペイン、スイス、オランダもメルボルン大会をボイコットした。1979年、旧ソ連軍によるアフガニスタンへの侵攻や旧ソ連国内の人権問題の深刻化を非難し、米国主導で61カ国がモスクワ大会をボイコットした。これは、史上で最も大規模な五輪大会ボイコット事件となった。そして、旧ソ連は報復のため、1984年のロサンゼルス大会をボイコットしたが、その時、賛同したのは12カ国共産党国家に過ぎなかった。

 したがって、五輪大会は政治から完全に離脱することができない。2001年7月、モスクワで開催されたIOC総会では、中国政府は五輪大会の開催権を獲得するために、北京での開催を反対する声を消すために、代価を惜しまず、IOC総会や反対者に「北京に五輪大会を開催させることができるならば、中国は必ず人権状況を改善する」と保証した。しかしながら、この後の何年間に、中国の人権状況は改善されるところか、却って悪化した。中国人権問題、特に中国政府の言論自由への弾圧を常に関心を持ち、多くの非難そして抗議活動を行ってきたフランス・パリに本部を置く「国境なき記者団(Reporters Without Borders)」も、北京五輪大会のボイコットを呼びかける主なグループだ。中国政府は、国境なき記者団の反対の声をなくすために、中国政府当局は2007年1月に同記者団のロベール・メナール団長(Robert Menard)やアジア地域担当のヴァンサン・ブロス(Vincent Brosse)氏に訪中を要請した。訪中の間に、中国政府は両氏に対して、中国の人権問題を改善すると巧みに口説き落とし、「国境なき記者団」が北京五輪大会へのボイコットを呼びかける活動を停止すると騙し取った。メナール団長は訪中の際、中国政府に対して、一部拘禁されている記者やジャーナリストや(ネット上での)反体制言論者を解放することを含む報道自由現状を改善する10項目の内容を要求した。これらの反体制言論者や記者、ジャーナリストは全部で100人余りいるが、国境なき記者団が中国政府に解放すると求めたリストの中に、ほとんどは健康状況が悪く、高齢で、拘禁された期間が最も長い人だった。それに対して、中国政府は「問題がない」と承諾し、特定のある人をいつ釈放するか、いつ面会できるかと具体的な計画を提示し、しかも、将来、国境なぎ記者団の中国支部を設立することを許可し、また、某ホームページの閉鎖を解除すると約束した。

 しかし、メナール団長らが訪中後の7ヶ月間に、中国政府はすべての承諾を履行しなかった。そのため、国境なき記者団は北京の背信行為に応え、再び北京五輪のボイコット活動を起こした。国境なき記者団の責任者は国際オリンピック委員会宛に書簡を送り、中国が2001年に五輪大会開催権を獲得するために約束した国内人権問題の改善の実行を求め促した。国境なき記者団は今回のボイコット活動のために、新たなシンボルを考案し、五輪大会のシンボルである五輪を五つの手錠に代えた。これは、中国政府は中国を一つの刑務所に変えさせたことを喩え、中国の人々には自由がないという現実を表した。

 二、2008年北京五輪大会ボイコット活動には政治正義性と道徳の貴さがある

 歴史上起きたボイコット活動と比べ、2008年北京五輪大会へのボイコットは以下二つの特徴がある:

 第一、ボイコットを起こしたのはほとんど国際人権問題団体で、そしてその参加者は政治家、社会名士から普通の大学生まで、社会各階層から来ている人である。国境なき記者団、アムネスティ・インタナショナルなどの人権問題組織は今回ボイコット活動の主導者で、参加者には人権団体連盟(メンバーの多くはカナダの前政府関係者や政治界重鎮である)、米国衆議院のベテラン議員のトム・ラントッス議員や、カナダ政府の元閣僚デービッド・キルガー氏(前アジア太平洋地域局長)、フランス大統領選に立候補したロワイヤル氏などがいる。

 アメリカのハリウッド女優で国連児童基金(ユニセフ)親善大使を務めるミア・ファロー氏は今回のボイコット活動を頂点に進めさせた。2007年3月28日に発刊した「ウォールストリート・ジャーナル」紙はファロー氏の寄稿を掲載した。ファロー氏は文章の中で、スーダンに対する中国の経済援助を非難し、「ダルフールでの虐殺を行わせた」と話し、北京五輪を「大虐殺の五輪」と呼んだ。さらに、ファロー氏は同月に訪中している北京五輪大会の芸術顧問を務める米映画監督スティーブン・スピルバーグ氏を非難した。彼女はその文章で、ダルブールでの住民虐殺の裏には中国製の兵器が使われているのが知っていたかとスピルバーグ氏に問いかけた。その後、スピルバーグ氏は中国の胡錦涛国家主席に手紙を送り、ダルフールの住民虐殺に懸念を表明し、「ダルフールの人々の苦しみを終わらせてほしい」と求め、中国がスーダン政府に対し適切な措置をとるよう要請した。

 また、カナダは現在、最も強く北京五輪ボイコットを呼びかけている国で、大学生すらボイコット運動に参加しており、たとえばサイモンフレーザー大学(Simon Fraser University)の学生会はその中で最も活発に活動を行っている団体である。上述した人士の構成から見れば、参加者は中国政府が称する「反華勢力」(たとえば日本政界の右翼勢力、法輪功、台湾独立を訴える勢力)や、または中国政府が非難しているあれらのボイコット活動を通じて自らの名声を高めたい「主流ではない人物」だけに限らないことが分かる。

 第二に、ボイコット活動をはじめた原因は活動に参加する人々の利益と全く関係なく、人権など中国国民の利益や、中国とスーダンとの政権提携に関連している。参加者たちは、中国国内、及び「中国政府の友人」であるスーダン、ジンバブエなどの深刻な人権状況を受け入れることができない。これは、歴史上で最も道徳高尚な五輪大会ボイコット活動と言えよう。これらの参加者たちには個人的な利益動機が全くない。同運動の参加者らは、土地を失った中国の農民が政府の土地強制収用に抗議したことで、地方政府と手を組んだヤクザ集団や武装警察に棒で無残に殴打される(という場面を収録されているビデオの)シーンを目にし、政府の都市開発という理由に、中国の民衆が長年暮らしてきた住宅から強制に立ち退かされることを知っている。また、中国政府を嫌い、ネット上で反体制言論を発表したため重罪を言い渡されて拘禁されている中国人(当局から「インターネットの敵」と呼ばれている)に同情する。また、中国は世界最大な人体臓器提供源であることを知っており、一人っ子政策を実施する過程にある人間性のかけらもないほどの残酷さを知った。さらに、同運動参加者らは、人間だけではなく、動物も中国で極めて残酷な虐待を受けていることを知った。だから、同運動参加者の多くが踏み入れたことのないその国の人々ために、これらのボイコット参加者は自ら行動を通じて、中国人権状況の改善を促すという心からの願いを表した。

 北京五輪ボイコット運動に強く非難し誹謗する人と比べ、ボイコット参加者の道徳感はより一層高尚であることが分かる。中国政府すら、ボイコット活動を非難している人は自らの利益動機から非難しているのだと認めている。中国政府の話で言えば、「今や、中国は経済強国となった。多くの国と企業は中国と自己利益と関わる面があるため、中国と良好な関係を保つ必要がある」(2007年4月1日、環球時報「一部の政客は北京五輪ボイコットで中国を脅かす 西側の賛同者ほぼいない」)。この発言はまさにある天機を漏らしたこととなる。中国政府自身も、利益以外に、中共政府は道徳上の政治カリスマ性が全くないということをはっきりと認識している。

 中国国民のボイコット活動はまた得難い貴いことである。今、あちこちでスパイや警察がよく見受けられ、強い政治圧力をかけられている環境の下に、黒龍江省の農民たちが署名の形で「人権がほしい!五輪大会はいらない!」というスローガンを叫び出した。これは、中国で生きていくために跪かなければならない歴史を終わらせたいということを意味している。

 三、中国民衆が目覚め始めた:五輪大会やメダルより人権のほうが重要だ

 実に、2004年アテネ五輪以降、中国の世論は「メダル政治」を疑い始めた。

 世論は、五輪大会のメダル数が中国の強さを象徴することは、中国政府が長い間にわたって宣伝とイデオロギー教育を通じて中国の民衆に吹き込んだある種の政治幻覚だ、と指摘した。中共政府の政治目標は従来富国と強兵にあった。改革開放後、(中国政府が)「経済発展」を強調しても、その目標はやはり強国にあり、富民にはない。人権はそもそも政治考量の中に入っていなかった。したがって、中国政府は五輪大会について、五輪大会に参加することで、ある側面から、一つの国の力量、地位、政治様相と精神状態を反映することができる、またもしメダル獲得数が他国より多い場合、あるいは五輪大会を開催することができるならば、国際における名声の高まり、国内における調和の構築、そして「世界中の平和を愛する友人と団結し、お互いに理解を深め、共に進歩をする」との役割が果たすことができる、という一見正しいと見えるが実に間違えた理解をもっている。さらに、中国政府は、日本と韓国は五輪大会の開催で社会現代化を実現できたため、北京で五輪大会が開催することができたら、中国にきっとすばらしい将来をもたらすに違いないと宣伝する。

 このような政治的見解の働きの下で、中共政府は他の国にない「メダル政治」を持つようになった。1984年7月29日米国ロサンゼルスで開催された五輪大会では、中国の許海峰選手は中国人が五輪大会に出場しなかった28年間の後、中国に初めての金メダルをもたらすことができた。この金メダル獲得に全国の人々は沸騰したお湯のように非常に興奮した。その後、中国青年報の孫傑記者は許海峰選手の金メダル獲得を称えた「光栄よ、プラトの銃声」との記事は小学校国語教材の内容として使われるようになった。その日から、五輪大会の金メダルは「教育」を通じて、若い世代の心に浸透し、中国人の強国の夢となった。また、この五輪大会への思いは中国政府にとって民心を結束する一つの重要かつ最も効果的な手段だ。多くの中国の人々(海外に在住する多くの華人も含む)は北京五輪を支持するか否かを愛国の表れだとすら認識した。2001年中国が五輪大会の開催権を獲得したとき、多くの中国人は、これは国際社会における中国の威信が大幅に高められたと確信した。

 しかし、金メダルスポーツ政策の結果として、国民の身体素質を高めることができなかったし、また、税金納付者が莫大な税金で養っているスポーツマン選手が金メダル獲得で出世し、多くの政府官僚が五輪金メダルの夢に頼って多くの利益を得たこと以外に、民衆は金メダルの数が人々の生活を改善するのに、どれほど関連するのかを目にすることができない。2004年アテネ五輪大会のおいて、中国は第二の金メダル獲得国となった。そのために、政府が様々な祝いの催しを開催していたが、しかし、当時まだわずかな自由空間があった中国世論は「五輪大会への思い」について深く反省し、「金メダルスポーツ教育」についても批判した。これらの批判を概括的に言えば、以下のいくつかの方面がある:

 1、金メダルスポーツ政策は国民の利益に一致するのか

 2004年アテネ五輪大会において、中国は35枚金メダルを獲得したアメリカに次ぎ、32枚の金メダルを獲得した。この結果に対して、「五輪大会への思い」を強く持つ中国人たちはうれしいはずだった。しかし、少しずつ冷静になってきた中国人たちはこれほど多くの金メダルを目の前にして、喜ぶことができなかった。これは前社会主義国家、隣国のロシアと比べ、中国における社会問題が山積みとなっている状態の下で、政府は国民の福祉や利益を無視し、莫大な資金を投入して獲得した山盛りの金メダルには全くと言えるほど優勢がないことに、中国の人々が気づいたのだ。アテネ五輪大会において、ロシアと旧ソ連構成国であるウクライナ、グルジア、ウズベキスタン、カザフスタン、リトアニアなど9カ国を合わせて、金メダル計45枚、金、銀、銅を総計して162枚のメダルを獲得し、アメリカの獲得したメダル総数を上回った。政府が莫大な資金を費やして大量のメダルを獲得することに関して、スポーツ強国と称されていた旧ソ連も政府が巨額な資金を投入したことで旧ソ連から多くの世界チャンピオンを輩出したことを、中国人は以前から納得できた。しかしながら、今のロシアなどの旧ソ連構成国はすでに民主化が進められており、以前のように国家専制機器に頼って、五輪大会の金メダルを獲得するために、国中の人力や物力を集めることがもはやできなくなった。今回の成績は完全に選手たちが自らの力で獲得したものである。そして、アメリカの選手たちとの違いには、中国の人々も以前から分かっている。それは、アメリカには観戦価値があり、同時に高い収入を得られるというプロのスポーツ選手を除いて、大部分の選手は他の職業を持つ素人であることだ。一方、中国のスポーツ選手はすべて納税者が養っているプロの選手である。

 中国の国民はまた、五輪大会で獲得した金メダルの数が多くても、中国はスポーツ大国ではないことが分かっている。(人口で計算すると)、金メダル獲得大国の前10位の国には、平均的に100万人ごとに一枚のメダルを持つこととなる。アメリカはやや多く、285万人ごとに一枚のメダルとの計算になる。しかし、中国は2059万人ごとにやっと一枚のメダルを持つことができる。また、中国の人々は、中国では人々に無料で利用できる公衆のスポーツ施設がほとんどないため、海外留学で外国の大学に進学した中国の若者がクラスメートに勝てるスポーツ項目は一つもないこともよく分かっている。

 さらに、中国の人々は、中国の教育事業が後退しており、教育を受けられない児童は約5000万人もいることや、政府の労働者に支払いを延滞した養老保険は約1万億人民元(約15兆5000億円)に達しており、GDPの半分を占めていること、そして多くの定年退職した労働者は退職金を受け取ることができないことなど、身の回りで起きていることをよく知っている。最低階層にいる人々は病気になってはいけない。なぜなら、政府の「医療保険改革」のため、医療福利が最低限まで減らされて、人々には病院に行くお金がないのだ。国民の生活が苦しくなった状況の下で、中国政府は納税者たちの税金を大量に費やして、中国政府に面子を立てるために金メダルのスポーツ選手を育てることは、本当に国民の利益に一致しているのか。これは、本当に国民の願いからの行動だろうか。

 2、1枚のメダルにはどれぐらいのコストを投入されたのか

 このような反省ムードを頂点に推進させたのは、「五輪金メダルの罠を警戒せよ」というタイトルの文章の発表だ。筆者は、2000年シドニー五輪大会後、中国国家体育総局の事業費用は年間30億元(約465億円)から50億元(約775億円)に増加した、と指摘した。このように試算すれば、4年後のアテネ五輪大会までに、中国政府は約200億元(約3100億円)を費やしていたこととなる。もし、中国選手チームはアテネで30枚の金メダルを獲得すれば(実際は32枚だった)、1枚の金メダルにかけたコストは約7億元(約108億5000万円)となる。これは、「世界で最も高い金メダル」だ。一方、国会体育総局体育社会科学研究センターの●(魚+包)明暁主任は、「1枚の金メダルために7億元がかかった」との結論に対して、2000年から2004年アテネ五輪大会までの4年間の国家体育総局事業費用総額の200億元を、30枚の金メダルで割って推算された結果で、体育総局の総費用を計算に入れるべきではない、と指摘した。彼は、中国政府は五輪大会に選抜されるスポーツ選手には一人約400~500万元の費用をかけられており、五輪大会に参加する中国代表団には約400人の選手がいるため、総投入は16億元(約248億円)から20億元(約310億円)の間にあり、32枚の金メダルで割ると、一枚の金メダルには5000万元~6000万元(約7億7500万円~9億3000万円)のコストがかけられていたという計算になる、と話した。

 ●(魚+包)明暁主任は1枚の金メダルにかけているコストは7億元ではないと説明したかったが、しかし、中国では5000万元~6000万元というのは小額の金額ではない。政府機関の専門研究者が研究員としてこのように発言したのは、実に却って金メダルにかけたコストが非常に高いことを証明した。また、このような明確な費用計算がわかったために、中国選手が五輪大会で32枚の金メダルを獲得しても、世論の歓声は20年前のあの興奮と比べられないばかりか、同様に多くの金メダルを獲得した2000年シドニー五輪大会とも比べられない。

 2004年アテネ五輪大会の始まりはちょうど中国の新学期の始まりにあたる(中国では、新学期は9月から始まる)が、その間に、多くの貧しい人は子供たちの進学に必要な学費のために苦境に追い込まれた状況がよく報道されていた。数百元あるいは数千元の学費に苦境に追い込まれた貧しい家庭の子供たち、あるいはその親が自殺を図る。社会バランスの極度の傾きに、人々は強い衝撃を受けた。一方では、社会のエリートたちは相次いで「五輪の見物をしよう」と嬉しくそしてリラックスしてアテネに赴く。もう一方、貧しい家庭が相次いで高額の学費のために、家族を失う苦境に陥っていく。金メダルはこれらの貧しい人々の苦しみと絶望の下で、その輝きが失われるのは当然なことである。人々は、スポーツ選手に高額のご褒美を与え、多くの官僚が五輪大会を理由に巨額な公費を使用し海外へ視察することに疑問を持つようになった。2004年の反汚職キャンペーンの中、国家体育総局が五輪大会のために用意された政府の資金を横領し、住宅団地を建築したという汚職スキャンダルが暴露された。これは、人々の疑いを強めた。あるネット上の掲示板では、ある人は「五輪、五輪よ、あなたの名義でどれほどの汚職や腐敗が行われただろうか」という嘆きを発表した。

 金メダルが重要か、それとも国民の生活が重要か。これらの深刻な疑問が今日まで積み重ねられてきた結果、目覚めた人々は「人権がほしい!五輪大会はいらない!」との苦しい叫びを発した。

 結び: 人権を尊重する国家こそ、世界各国から尊重される

 2008年北京五輪大会まであと1年の時間が残されている。中国政府が湯水のように費やした資金は莫大だったが、しかし、費やすべきではない所に費やされていたため、国民の怒りが爆発した。このように見れば、中国はナチスドイツや旧ソ連の後塵を拝することになるだろう。この二つの専制強権国家は五輪大会の開催を通じて、国威や自分たちの「光栄偉大、正しい」を誇示しようとした。しかし、二つの強権国家は五輪大会開催から10年も経たないうちに崩壊した。覆轍はもう遠くない。もし、中国政府は依然として人権問題を無視すれば、その危機の到来を早めることにしかない。

 4月30日、アムネスティ・インタナショナルは22ページも及び、「中国:五輪大会カウントダウン=活動家を鎮圧し、死刑制度の見直しや報道機関改革を阻む」(The Olympics Countdown Repression of Activists,Overshadows Death Penalty and Media Reforms)をタイトルとする報告書を発表した。報告書で、アムネスティ・インタナショナルは、中国の人権状況の改善を促し支援する主旨で、国際社会は中国に対して2008年五輪大会の開催を支持した、中国政府も厳粛な承諾を出しており、中国大陸における人権問題を大いに改善すると保証したが、しかし、アムネスティの研究調査では、五輪大会を開催する中国政府は少なくとも北京において、さらに多くの人に対して審判を行わず直ちに拘禁し、または強制労働をさせるという人権状況が以前と比べて、悪化している、と指摘した。

 この報告書は中国の深刻な人権問題状況を鋭く非難した。報告書の内容または同組織の研究調査に限りがあるために、報告書において、一部の迫害を受けた政治犯や良心犯の事例しか挙げられていないが、実に、中国国民の深刻な生存状況は、中国人権問題の普遍状態をより一層説明できる。最近、山西省炭鉱・レンガ工場が児童や知的障害者を労働者として酷使し虐待していた事件は、中国農村の堕落、農村経済の崩壊を証明する一つの事例に過ぎない。これと同じような事件は長い間に中国で絶えず起きていた。

 ここで、私は一人の中国人学者の良知を持って、中国の強国の夢には富国と強兵、この二つの内容以外に、それらに並んで重要内容として人権を加えつけるべきだ、と再び呼びかける。強大な軍事力で世界に威勢を張り、十分な政府財政が官僚たちに豊かな生活をもたらしたが、一方、民衆たちは非常に悪い労働環境の中で労働せざるを得なく、権力には跪いて生きることを求めるしかできないというこのような国は、たとえより多くの五輪大会を開催しても、世界各国から尊敬を得られないだろうし、「世界のリーダー」という夢を実現することもまず不可能であろう。

 2007年7月中、下旬 米国ニュージャージーにて

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