陳情者ら、人権無視の取り締まり非難

2007年10月26日 11時10分
 【大紀元日本10月26日】中国共産党第17回大会期間中、安全確保の名目で、北京警察は各地方の警察と手を組んで各地から上京の陳情者を逮捕し続けた。近日、釈放された4名の陳情者は当局の違法行為と迫害を訴えた。

 陳情資料を印刷しただけで逮捕

 10月17日午後1時ごろ、東北から上京した陳情者・関春栄、李華、唐秀雲は、内モンゴルからの陳情者・毛樹春と一緒に遼寧省(県)陳情者・劉純宝の家を訪ね、劉氏のパソコンを使って陳情資料を印刷しようとした。到着後まもなく、北京洋橋派出所の警察約17、18人が劉氏の家を包囲した。5時間ぐらい軟禁されたあと、陳情者たち全員が連行された。

 その際、劉純宝の不在中に、警察は劉氏のコンピュータやプリンターなどを持ち去ろうとした。関春栄たちは反対した結果、全員監禁された。そのあと、劉純宝のコンピュータなど設備が全部没収され、いまだに返却されていないという。

 李華、唐秀雲が17日晩に遼寧省北京駐在事務所に連行されたが、食事の時間を利用して脱走した。関春栄は22日まで監禁され、やっと釈放された。毛樹春はまだ現地公安に拘留されている。4人は年老いた女性である。

  老女4人が監禁され、トイレさえ行かせてくれない

 釈放された関春栄は、監禁中に警察に殴られ、足に障害が残った。当時の様子を涙を流しながら話した。

 劉純宝の家にいる時、10数人の警察に包囲され、そのうちの7、8人は家の中に突入し、連行しようとした。警察に「お前たちは悪者で、外国と手を組んで、騒動(問題)を起こす」など言われた。

 それに対し、関春栄は「私が腐敗に反対して何が悪いの、全国の民衆はみんな腐敗に反対している、何がだめなの?あなたたちは腐敗した警察官だ」とやり返した。

 その言葉は、警察官の怒りを招いた、警察は陳情者らを部屋に閉じ込め、トイレさえ行かせなかった、毛樹春は関春栄をかばったため殴られ、気絶した。

 関春栄は泣きながら:「私達は犯人扱いされ、迫害を受けて、トイレ行く権利も奪われ、基本的な人権さえ保障されなかった。共産党の警察はとても残虐で、野蛮で、人間性は皆無、仕方なく、我慢できずに部屋の中で用を足した」と訴えた。

 関春栄はかつて大連金州科学研究所のロシア語通訳を務めた。研究所所長・程紹崇が個人利益のため権力を濫用したことに反対したため、迫害された。関春栄は約30年前から陳情を始めたが、いまだに結果は出ない。先日、彼女は共産党からの脱退を宣言した。

 陳情者・唐秀雲の話によると、みんなは劉家でコンピュータを使用している時、洋橋派出所の警察が突然入って、何か企んでいるととして監禁された。いくら説明しても聞いてくれず、トイレに行くことも禁止された。我慢できず、部屋の中で用を足すしかなかった。「私と李華は北京に駐在事務所に連行された。問題は解決しない限り、私達は故郷へ帰らない、どんなことがあっても陳情を続ける、その晩、食事の時、

私達はタクシーを拾って逃げ出した」と言う。

 事件の経緯を公開

 浙江省からの陳情者・李秀女は父親が交通事故で亡くなり、夫の車が警察に奪われ、息子が包丁に斬りつけられた。犯人は捕まったが、釈放された。現地政府に無視されたため陳情行為に訴えたが、陳情のため何度も迫害された。

 6月1日、李秀女は同じく陳情者である・応蘇英と共に北京で逮捕された。遼寧省の北京駐在事務所の地下室に監禁された。その時すでに十数人が拘留されていた。手持ち財産はすべて奪われ、さらに殴られて、床に3日間も倒れて、起きられなかった。

 李秀女は、6月16日、逃げ出したが、6月18日午前、再び逮捕された、7、8人の警察官が突然彼女を捕えて、マイクロバスに詰め込まれたが、後に関春栄など多くの陳情者の助けを得て、やっと安全に脱走できた。

 今年9月27日、李秀女は浙江省の自宅にいた際、突然十数人に連行され、車に押し込まれ、目隠しされて殴られた。その後、警察署に拘留され、家財道具はすべて没収された。

 李秀女は今、恐怖症が残った。人に、特に警察官、パトカーを見るたびに怖くてたまらない。「心が動揺して、足は震えて立っていられない」ほどであるという。

 劉純宝は、陳情制度はただの飾りに過ぎず、陳情しても解決につながらない。事件を社会に公開して、この制度を変える必要があり、民主が必要である。腐敗した制度が問題をもたらした。「こんな制度はない。政府として、誠実、うそ偽りないことは一番大事だ。とても簡単な道理であるから、このようなことが続ければ、対立が深くなるだけだ」として、現在、陳情者に対する対応策は単なる矛盾の隠蔽であり、対立を作りだしているとした。

 
(記者・古清児、翻訳・侍傑)


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