THE EPOCH TIMES

北京五輪「8888」に隠れている天意

2008年01月23日 09時54分
 【大紀元日本1月23日】中国人は、品物や文字や数字などに縁起を担ぐことが多い。自然数の中で、「八」の中国語の発音は、「もうかる」や「発達」などの意を持つ「発」に近いので、縁起の良い数字とされる。一つの「八」でもよいが、「八」が重なればなるほど吉祥とされる。

 北京五輪の開会式は、2008年8月8日午後8時に行われるが、この「8888」はむろん、千載一遇の吉日吉時と思われる。

 しかし、中国文化の中で、文字や数字に縁起を担ぐ傾向があるとはいえ、この「八」が「発」に通ずる謂れはただ現代の産物にすぎず、史的な根拠はない。そればかりか、古代中国文化の中で、この「八」は現代的な説と対極的なものが宿っている。

 『説文解字』によれば、この「八」は指事字で、数字8を表すほか、物事が左右二つに分けたさまを示し、「八は別なり、分別向背の形」を象る。動詞として、「分ける」「分かれる」「分裂する」などの意がある。よって、この「八」は「もうかる」や「発達」という含意がないところか、「背反」や「分裂」の象徴なのである。

 「四」を考察してみよう。「四」は「口+八」より構成され、会意文字である。「四」は数詞のほか、また口から出た息がばらばらに分かれることを表す。『説文解字』では、「四は陰数なり、四つに分かれる形」を象る。それゆえ、昔、証文や契約書などで、改ざんや誤解を避けるために普通「四」のかわりに「肆」で記す。

 現代でも、「四」の発音は「死」に近いので、不吉の数字とされる。ゆえに、今の中国人は数字を選ぶ際、「四」を避けて「八」を取る。妙なことに、北京五輪の開会式の日時はよりによって、この「四」と「八」の組み合わせとなっている。たとえ現代中国文化の視点からしても、このコンビはきわめて縁起が悪い。なぜなら、「8888」は「四八」であり、「四八」の発音は「死吧」(死んでしまえ)とほぼ同音だからである。

 むろん、中共は開会式の日時を「8888」に決めたにはわけがある。国民の「八」への崇拝心理を利用し、視聴覚とも衝撃的な効果をもつ「8888」を以って、「8888の北京五輪によって中国はより「発展」「発達」になる」ことを、国民に暗示するのである。言うまでもないが、中共の狙いは、人心を惑わしつつ社会危機をナショナリズムの興奮へ転化させることによって自身の解体を減速させることにほかならない。しかし、中共はこの「8888」をもって、国民の視聴を撹乱するかたわら、自身にも呪文をかけてしまう。

 でも、中共が自ずとこの「死吧」を選んだわけではなく、この「8888」は天から投げ出された唯一の選択肢であり、これを除けば選べるものはなかった。新華社の「新華ネット」(『8888、2008年北京五輪開会式日時の背後にある気象の物語』、2007年7月12日)によると、当初、北京五輪委員会は7月25日から8月10日の間に北京五輪を開催する予定であったが、あいにくその頃は丁度北京の雨季にあたるので、3週間ずらし、8月15日から31日までの間に行うことに決定した。しかし、国際五輪委員会は3週間ずらし計画を認めず、2週間しかずらさせなかった。すなわち、国際五輪委員会はこの「2008年8月8日」を強引に中共に押し付けたのである。

 ここからはユニークなこと。中共は3つの8が不満足であったらしく、「死んでしまえ」になるように、もう一つの8を足したのである。世界から注目されている北京五輪の背後には、どうも見えぬ天意が宿っており、「天が中共を滅ぼす」という天象の下で、中共は「死んでしまえ」を余儀もなく、かつ自ずと選んだわけである。

 北京五輪は中国語では「北京奥林匹克運動会」と言い、通常「北京奥運」と略称される。それで、この「奥運」の2文字も少し検証してみよう。

 「奥」は会意文字。古い篆字の「奥」は、暗黒の隅でこまごました物を両手で手探りするさまを示す。「運」は会意兼形声で、「辶+軍」からなり、ぐるぐるまわることを指す。「運転」「運動」、また「運命」「運勢」などの意もある。この「奥」と「運」を組み合わせれば、「人々は暗い中で何かを模索しているが、その『何か』とは実は動的でありつつも定められたものである」という含意が浮かび上がってくるであろう。

 今の中共は、さまざまな問題を抱えているが、その諸事象はいずれも、この「奥、運、四、八」に抽象・対応・表出されている。その諸事象の実と「奥、運、四、八」の虚を照合すれば、陰陽両極から一つの大趨勢が明らかに現前してくる。

 古から、正字には「理群類、解謬誤、暁学者、達神旨」(『説文解字』序文)の役割があるとされるが、天人合一の視点からすれば、この「奥運8888」に潜んでいる含意は、単なる歴史的・文字的な偶然とは言いかねるであろう。

 凡その物事は一陰一陽、一害一利。北京五輪は中共にもたらすのは悪運であるが、中華民族にもたらすのは進歩や発展の好運である。「奥運」は中共にとって、払拭できない災厄であるが、中国人にとっては「奥義」のあるもので、「運動」すれば自分の「運命」を変えうる恵まれた時である。「8888」は中共にとって大凶の数字であるが、中国の国民にとっては光明と新生を手にする大吉の数字なのである。

 北京五輪が近づくにつれ、この「奥運8888」はキーワードとしてますます輝くであろう。それに伴って、その背後に潜んでいる天意も徐々に顕れてくるにちがいない。

 
(翻訳編集・小林)


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