THE EPOCH TIMES

中国共産党のプロパガンダなき純粋芸術とは

2008年02月20日 03時58分
 12、13、15日の東京公演に続き、17日には名古屋公演、19,20日に大阪公演が行われる神韻芸術団なるものの目的とは、終局的なところ何なのであろうか?それは、その現代中国文化が共産党の宣伝媒体として使用され汚染されているために、「プロパガンダ抜き」の純粋な形で、その伝統芸能を日本の市民に紹介し披露することにある。

 では逆に、中国大陸ではかつてどのようなプロパガンダ芸術があったのであろか?その具体的な代表作品の一つに、宣伝映画「白毛女」がある。この「白毛女」は、河北省の伝説「白毛仙姑」がモデルになったと言われており、その映画化の一般公開は1951年が始めなのであるが、その発案と構成はすでに毛沢東が延安に居た頃に完成していたといわれている。

 その粗筋を見てみよう。まずそのタイトルバックの導入部分である『序幕 看人間(この世を見る)』には、次のようなテロップが流される。既に、毛沢東が延安にいるうちから芸術家を導引して、後のプロレタリアート階級闘争を正当化する想定をしていたことが伺える。

   
白毛女この世を見れば


  人民革命の現代バレエ活劇『白毛女』は、農民と地主階級との生々しい闘争史だ。白毛女のエピソードは、抗日戦争時期に中国東北部のとある農村で起きたものである。かの封建体制では、膨大な数の貧農が、地主階級の残忍な搾取と抑圧で苦しみ、牛馬にも劣る生活をしてきた。しかし、それらの農民たちは、もともと屈服せず、反抗し闘争をした。

 
人の世を見れば, 

  往事 幾千年もの間,

  貧窮した人は、 搾取されて、鞭打たれ,

  年年代代, いつもいつも。

  人の世を見れば,

  どの土地も 我々が開墾しなかったものはなく,

  どの農作物も 我々が栽培しなかったものはなく,

  どの家も 我々が造らなかったものはない。


 そのプロットと簡単なストーリーは以下のようなものだ。

 「中国の小作人・趙喜児には王大春という婚約者がいた。二人は貧しい生活であったが、両家ともこの結婚をとても喜んだ。趙喜児の父親・楊白労は、貧しい農民。地主の黄世仁は共産党並みに強欲な地主の男」。

 「趙喜児と王大春の結婚を控えた年は大豊作で、楊白労は今までの借金を一度に返してしまえるほど収穫があったが、娘の結婚式があるのでその分は取っておかなくてはならない。地主の黄世仁に掛け合ったが、大晦日までが期限であると無理強いをされる」。

 「黄世仁の目当ては、実は金銭より娘の趙喜児であった。父と娘が必至になって金銭を工面するが足りようもなく、王大春との結婚を目前に趙喜児は黄世仁に連れ去られて強姦されてしまう」。

 「父親の楊白労はにがりを飲んで自殺してしまう。そればかりか黄世仁はさらに、趙喜児の婚約者だった王大春の土地をも取り上げて追放してしまう。王大春は、怒りを胸に秘め、黄河を渡り八路軍(共産軍)に加わる」。

 「趙喜児の腹の中には黄世仁の子供がいたが、黄世仁は自らの婚姻が決定すると、趙喜児を女郎屋に人身売買してしまう。その途中逃げ出した趙喜児は山に逃げ込み、山中で自らの子供を出産するが、憎い男児なのでそのまま殺してしまう。山に逃げ隠れているうちに趙喜児の髪は、白髪になってしまう」。

 「趙喜児は、幾度となく人里に下りてきては、お墓のお供え物を持ち帰っては食べる生活をする。それを見かけた人々から「白毛仙姑」が出たと噂が広がる」。

 「やがてこの村も八路軍に開放され、八路軍に入った王大春も指導者として村に帰って来る。人々の間に「白毛仙姑」の噂が広まっていることを知り、迷信をやめさせるために白毛仙姑の正体を暴き、かつての婚約者だった趙喜児と再会する」。

 「趙喜児から黄世仁の仕打ちを聞いた王大春は軍を率いて黄世仁を打倒し、趙喜児と王大春は最終的に結婚する(ハッピーエンド)」。

 この映画が51年に大陸で一般公開されると、中国全土で労働者による富裕層への略奪行為が半ば公然と行われるようになったことは周知の事実だ。まさにプロパガンダの効果てきめんだが、ここで注目すべき点が二つある。

 一つは、共産軍の美化だ。毛沢東自身が後に述懐しているように、「政権は銃口から生まれる」のであり、後の暴力共産革命を成功させるためには、共産軍自身に大義が必要であった。それが「民衆を貧困から救う」であり、ここに経済を前面に押し出した「唯物論」が見え隠れする。

 二つには、迷信の打破だ。共産党が人民の中に入っていくためには、まず共産至上主義と共産主義独裁をその思想の中に打ち立てなければならないのであるが、そこで邪魔になるのが民衆の素朴な信仰心だ。そこで「迷信」のレッテルを貼ることにより、「無神論」を押し立てて、宗教の弾圧をする口実を設けた。

 日本では、悪漢を退治するとなると、八大将軍・吉宗か、水戸黄門か、はたまた鞍馬天狗なのであろうが、中国では党と八路軍だけなのである。自由主義圏での正義のヒーローは、その作家の思想の自由によって色々なのだが、共産圏では検閲があるので、「党」一つしかない。出色だ。

 以上は、共産党の党中央による宣伝工作なのだが、一般庶民の手軽なレベルではどうなっているのであろうか?戦後、中国大陸で流行った遊びのひとつに「ブグ(トランプ)」がある。麻雀ほど複雑でもなく少人数でも遊べるので流行ったのであるが、その代表的な図柄に「偉大領袖毛沢東」というものがある。毛沢東シリーズは、他にも「紅色歳月」「紅太陽」「文革版画」など数種類あり、こちらでスペードやハートの手札を見ている間に、そちらではこちら側の毛沢東の肖像をじっと見るといった具合だ。

 では、これは中国特有のこととして、「対岸の火事」として笑っていられることなのだろうか?そうでもないだろう…日本も戦時中は、大本営が設置した「日本戦争画家協会」などで、画家たちを動員して旧日本軍の軍国主義を賛美させ、藤田嗣治などが絵筆を振るったのだし、旧満州では満州映画協会の「李香蘭」が五族協和の旗印の下で、そのエキゾチックな美貌と美声で国際的な人気を博した経緯がある。

 では、これらの独裁政権は何のためにこういった宣伝工作を熱心にやっているのだろうか?一つには、他の追随を許さない独裁政権の基盤を絶対的に安定化させるためだ。そして、他の党派の台頭を国内で許さないためだ。二つには、独裁政治から来る国民の欝憤と不満とを国外に向けさせるガス抜きのためだ。中国国内で制作させる「反米・反日」映画による宣伝工作もその一環だろう。

 中国には、「青は藍より出でて藍より青し」という諺があるが、中国の同じ共産圏の衛星国である北朝鮮は、現在中国よりももっと紅い徹底した全体主義的な主体思想の「金王朝(一族の世襲)」を実現している。まさに「北は、中国より出でて中国より紅い」のである。その北の芸術の象徴な一つに、国慶節などで行う全国民を動員してのマスゲームがあるが、その全体的な動きが一糸乱れぬものであればあるほど全体主義が何たるか考えさせられる余人は少なくはないのであろう。



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