【大紀元日本2月7日】北京側情報によると、中国共産党(中共)前指導者・李鵬は2月6日夜、突然脳卒中の症状が現れ、救急隊が救急措置を施し全力を尽くしたことによって、一命を取り留めたが、口および目が歪んでしまう後遺症が残り、危篤状態であるという。
李鵬が最後に公の場に現れたのが昨年秋に開かれた中国共産党第十七回党大会の開幕式だった。
李鵬は最初中国河北電力局付属の東北電力局(瀋陽)に務め、後、電力部へ人事異動され、1980年代では、中共幹部を若返る時代の波に乗って部長を務め、のち中国国務院総理に就任した。
1989年六四天安門事件の前夜、中共党内保守派の李鵬は中共北京市指導者の陳希同氏、李錫銘氏と結託し、中共前指導者・ケ小平に対して、天安門学生運動は暴動だとでっち上げ、軍隊を出動させ、暴力で学生たちを鎮圧するよう唆した。
李鵬は六四天安門事件における役割が彼の政治生涯の主要な出来事である。
情報によると、現在中国の特権や腐敗などが深刻になっており、特に民衆が後ろ指をさす「電覇」(電力関連事業で覇権を握ること)においては、李鵬の家族は中国の電力関係部門において、もっとも独占する可能性が高く、影響力を持っているという。李鵬自身もかつて電力工業部の部長を務め、中国国務院総理になった後に、三峡ダム建設を大々的に推し進めたことから、極めて大きい争議になった。
李鵬の妻・朱琳氏は大亜湾核電(原子力発電)の北京駐在事務所の重要なポストを務めた。
息子・李小鵬氏は現在アジア最大規模の独立発電企業「中国華能集団公司」の社長を務めている。
娘・李小琳氏は中国5大独立発電企業の内の「中国電力投資集団公司」の副社長を務め、同じ等級の政府関係者の中では最年少である。
(翻訳/編集・余靜)
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