THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第2章(12)「闘争思想の邪説を注入」

2008年06月07日 00時00分
 【大紀元日本6月7日】

目次

3.闘争思想、弱肉強食、適者生存の邪説を注入
3-1) 中共が闘争思想を注入する目的
3-2) 政治闘争の注入
3-3) 調和した共存に回帰する道

3.闘争思想、弱肉強食、適者生存の邪説を注入

 2005年、中共軍少将朱成虎は、香港での西側記者との記者会見でかつてこう言ったことがある。「一旦米中が開戦したら、中国は西安よりも東の都市をすべて犠牲にする用意がある。当然、米国側も100~200個の都市を犠牲にすることを覚悟しておかなければならない。ひょっとしたら、さらに多くの都市が中国によって破壊されるかもしれない」。

 これは中共党文化の闘争思想の典型的な反映だ。実際、党文化での闘いと流血が通常のものとなり、これに反して調和と包容は正常なものではなくなった。何故ならマルクス主義によれば、後者は「革命性」が不足しているからだ。

 この種の闘争思想が指導する生存論理は、発展と生存には必ず犠牲が伴うというのだ。もちろん、真っ先に犠牲になるのは、無能で自由に選択する権力がない弱者たちだ。朱将軍は、米中開戦の際に自分がどこにいるのか明言しなかったが、朱将軍のような「国家の棟梁」たちは、当然一般国民よりもっと多くの選択の自由がある。

 かつて「自然科学の階級性」を鼓吹して、中央宣伝部科学処処長の賞賛を受け、後にまた雑誌『紅旗』の推薦を受けて中国科学院の院士になった何祚庥は、2005年末にメディアの取材を受け、中国で炭坑事故がよく起こる問題について言及した際、「不幸にも、中国で生まれるからいけないのだ」「中国が発展しようとするなら、このくらいの対価は避けることができない」と言った。

 実は、かなり多くの若者たちも、中国の下層民衆たちの不幸と苦難をこのように見ている。たぶん彼らは、「何院士」「朱将軍」と同様に、自分は精鋭だと考え、自分が発展の代償になるなどとは全く考えていない。

 党文化の闘争思想は、中共が数十年にわたって注入してきた結果、政治的な領域のみならず、中国全体の経済、文化、社会生活の各方面にまで浸透した。この種の闘争思想は、はっきり言えば、ダーウインの進化論を人類社会に応用して、「弱肉強食」「適者生存」を主張したものだ。

 彼らが崇拜しているものは、獣たちのジャングルの法則であり、この種の法則の下では、良し悪し、善悪は重要ではなく、重要なのは、政界であれ経済界であれ、あるいは男女間の問題であれ、手段を選ばず競争で勝利することだ。

 
中共の独裁政権:「弱肉強食、適者生存!」、経済活動も社会生活も「手段を選ばず、食うか食われるか」の戦い(イラスト=大紀元)

生存競争と弱肉強食を鼓吹し、暴力を崇拜する社会で、人と人の間の関係は必然的に緊張した闘いや引き裂きあいであり、警戒心に満ちたものになる。これだからこそ、社会全体ににせ薬、にせ酒、にせ醤油、毒入りの米、毒入りの小麦粉、毒入りの種菓子、さらには水を注ぎ込んだ肉、下水溝に流した油を使った調理、子供達の頭が大きくなるような毒性粉ミルクなどが氾濫するのも理解に難しくない。

 卒業証明書がいとも簡単に偽造されるだけでなく、橋梁、ダムなどもにせ物である。さらには、結婚した当人がその結婚を信じられず、女は夫の裏切りを恐れ、男は子供が本当に自分の子なのか疑う。危機に瀕した人を見ても手を差し伸べず、むしろ石を投げるということも決して珍しいことではなくなった。

 このような対価を伴った「発展」が、最終的に中国民族を強大にするなどということがありうるだろうか。

 (続く)
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