THE EPOCH TIMES

獄中作家委員会・張裕氏、都内で講演

2008年06月24日 06時34分
 【大紀元日本6月24日】国際ペンクラブのメンバーで、「独立中文筆会」獄中作家委員会の編集長・張裕氏(56)が、アムネスティー・インターナショナル・ジャパンの招きでスェーデン・オスロより来日し、21日午後、都内西新宿の関交協ビルで「守られない五輪の約束~弾圧される中国人ジャーナリストたち」というテーマで講演を行った。張裕氏は講演会で、中国大陸におけるサイバー警察の検閲の実態と、民主派ジャーナリストが受ける厳しい弾圧について語った。

 ロンドンを本拠地とする国際ペンクラブは、作家・文筆家の表現の自由を確立し、国境を超えた相互理解と連帯を図るために組織された国際的な団体で、世界104の国々に145のセンターを有する。「独立中文筆会」は、党中央が6・4天安門の報道内容に関して指示した内容を電子メールで米国に送信したとして投獄された師濤氏や、エイズの告発で投獄された胡佳氏、また法輪功などの弁護で知られる人権派弁護士の高智晟氏などを、海外から文筆と言論、法的な措置で人権面から保護し支援するネット論壇だ。

 
師濤氏(大紀元)

張裕氏は、1954年4月に武漢(揚子江流域)で出生、1977年に武漢科学技術学院を卒業。1981年にスウェーデン王立工科大学に留学し、調査員として働く傍ら、博士号を取得した。1989年の天安門事件後、人権擁護団体「スウェーデンで6月4日の運動を支援する会」を結成。1991年に月刊誌「NORDIC CHINESE」を創刊、2002年には「NORDIC CHINESE COMMUNICATION」の編集長となり、国際ペンクラブに加盟した。2003年から獄中作家委員会の協調人を務め、2005年11月からは同委員会の事務局長となる。

 張氏は現在スウェーデンに在住し、中国のパスポートを所持しているが、中国本土への入国とトランジットは許可がおりず、「国家の安全」に関係する人物として過去に二度強制送還されている。2008年4月には、香港での聖火リレーにあたって平和的なデモに参加しようとしたが、入国を拒否された。張氏は、ヤフーにより私的な電子メールを中国当局へ提出され、投獄されている師濤氏の海外代理人としても発言している。

 張氏は、「1989年の天安門事件は、88年と89年に人民解放軍がラサに進駐し、これが呼び水となって学生運動に発展したことから、人民解放軍がこれらの市民蜂起勢力に発砲した。19年たっても正確な犠牲者の数が分らず、またこれに触れることもできない。中国社会のタブーとなっている」と述べた。張氏の実父もその事件の三ヵ月後に党中央の_deng_小平を批判した容疑で逮捕され、投獄された。

 
1988年当時、大陸の父(下)と張裕氏(上)。父親は天安門事件の三カ月後に逮捕された。(写真提供:張裕氏)

1988年3月、ラサに進駐する人民解放軍戦車部隊の兵士(写真提供:張裕氏)

6・4天安門事件で、人民解放軍の凶弾に倒れる北京市民(写真提供:張裕氏)

張氏によると、2004年に20万店舗あった中国のインターネットカフェは、公安によってその半数が閉鎖され、残りの半分はネット利用者の作業を監視するソフトがインストールされた。このソフトによって、ネット利用者の氏名、住所、ID番号が記録されるようになり、サイバー警察は、ネットを利用して政府を批判する人々を検閲し、早い段階で反政府勢力を割り出すことに成功した。中国では、ネットを利用して政府を批判する者は厳罰の対象となるが、逮捕前に警告を受けるため、自己検閲して自粛せざるを得ない状況だ。

 
北京市民のネット上にチラチラと出現するサイバー警察のアイコン「あなたは見張られていますからね!」(写真提供:張裕氏)

サイバー警察によるネットカフェの強制捜査(写真提供:張裕氏)

張氏は、ヤフー香港の個人情報漏えいによる師濤氏の逮捕について、既に香港と米国の弁護士が協調して訴訟を起こしており、これによってヤフー側がその被害者家族にも補償金を支払い、和解するなど運動の効果は見られていると説明した。また、国際的な協調と圧力が民主派ジャーナリストや人権弁護士など、多くの良心の囚人たちの状況を改善すると述べた。太原経済日報の編集室長などを歴任した師濤氏は、2004年4月、湖南省長沙で開かれたビジネス報道の部長クラスを集めた会議で読み上げられた「6・4天安門に関する党中央からの報道指示」をメモし、これを個人メールアドレスで海外の中文サイトに発信したことから、太原市の自宅付近で逮捕され、懲役10年の判決を言い渡されている。

 
米下院外交委員会公聴会の席上で、個人情報漏えいの被害者家族に詫びるジェリー・ヤンYAHOO!CEO(写真提供:張裕氏)

2008年3月23日、張氏らは大陸における表現の自由を確立する願いを込め、北京聖火リレーならぬ「詩」のリレーを開始した。師濤氏の「六月」という詩は、既に60以上の言語に翻訳されて世界中を回っており、8月には最終的に北京に到着する予定だ。

【六月】

作:師濤

所有的日子
都繞不過「六月」
六月,我的心臟死了
我的詩歌死了
我的戀人
也死在浪漫的血泊裡
六月,烈日燒開皮膚
露出傷口的真相
六月,魚兒離開血紅的海水
游向另一處冬眠之地
六月,大地變形、河流無聲
成堆的信札已無法送到死者手中

2004 年6 月9 日


(日本語訳:文月)

過ぎて往く全ての日々が
「六月」から離れることがない
六月、私の精神は死に
私の詩歌も死んだ
私の愛しい女性も
流血と涙の中で劇的に死んだ
六月、真っ赤に焼けた太陽が皮膚を切り裂き
パックリとした傷口のような真相を露にする
六月、小魚のような兄弟たちが血の海を離れ
冬眠の地へと泳ぎ着く
六月、大地は変形し、河川に声はなくなり
堆く積まれた手紙は死者の手元に届くことはない


(記者=瀞蘭)

関連キーワード
^