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北京五輪トーチリレー、史上最多の火が消えた記録

 【大紀元日本7月29日】まもなく開催する北京五輪は、実はすでにある世界記録を達成している。五輪聖火リレーで、トーチの火が消えた回数の世界最多記録である。

 調べによると、五輪の歴史で、1976年から2004年までの28年間、記録に残る失火回数は6回だけである。特に今回のトーチは、火が消えないように宇宙飛行のトップ技術を使って設計された。そのため「北京記録」は特に注目される。

 トーチの設計者・黄啓均さんによると、今回のトーチは革新的な発想で造られた。すなわち、トーチに「予備燃焼室」と「メイン燃焼室」が設置されており、「予備燃焼室」にある火種はずっと燃え続け、たとえ大風大雨の天気でもトーチトップの下の空間に「予備燃焼室」があるために悪天候の影響を受けない。更に、トーチの表面に430個の通気孔が開けられて、史上最も丈夫なトーチと言える。

 しかし、このような最も進んだ技術で設計され、最も燃焼しやすい燃料・プロパンを使ったトーチは、絶えず失火する運命から逃れられなかった。混乱を避けるためにスタッフが火を消したこともあるが、多くの場合は、原因不明の自然失火だ。いわゆる「天滅」なのだ。

 北京五輪トーチの火が火が消えた履歴を振り返ってみよう。

 1、2007年8月:五輪聖火の採火場所が火災

 2007年8月24日、原因不明の火災がギリシアで発生した。12日間燃え続けて、死者65人を出した火災は全世界を驚かせた。26日、火事は強い勢いでオリンピック聖火の発祥地・オリンピア城遺跡に接近した。オリンピアは奇跡的に火から逃れたが、オリンピック開催前に聖火を採火する場所が焼かれた。そのため2008年3月、北京は焼かれた「場所」で「偽の聖火」を採取した。

 2、2008年3月24日:北京五輪の採火儀式に幽霊らしきものが現れた

 2008年3月24日、ギリシア・アテネに行われた北京五輪採火儀式に幽霊らしき映像が現れた。中国CCTVが全国に放送した「2008を明るく灯す」番組で、はっきりと「幽霊」が映っていた。それは黒色マントをはおった黒い髪の外国人男性で、両手を下腹部の前で重ねていた。6~8秒の放送から、この「幽霊」は採火儀式を先導する女性の顔をじっと見つめており、その移動を追って首を回していたことがよくわかる。この「幽霊」は西洋人の葬儀の付添者のようであった。その後、雨が降り始め、儀式は暴雨の中で終焉した。

 3、2008年4月7日:パリ、トーチの火が5回消された

 4月6日、北京五輪トーチリレーがロンドンで行われ、多くの人権団体の抗議に遭い、現場はとても混乱した。途中、抗議者がトーチを奪おうとしたり、消火器でトーチを消そうとしたりした。4月7日、トーチがフランスのパリに着いて、3000人の警備体制をとった。抗議者の人数が多すぎるため、CNN報道によると、トーチは少なくとも5回意図的に消され、大型バスに避難したという。リレーは計画より2時間延長された。

 4、4月11日、ブエノスアイレス:現場混乱、自ら火を消した

 北京五輪トーチリレーは11日にブエノスアイレスで行われ、地元の人の熱意が交通混乱を起して、やむを得ずトーチを消して交通整備を待った。中国新華社は、交通渋滞のような小さいトラブル以外、ブエノスアイレスでのリレーで大きな事件は発生しなかったと報道した。

 5、4月18日、インド:トーチの火が何度も消えた

 パキスタンはトーチリレーのアジア・太平洋地域での初めての場所となった。パキスタン当局は安全の原因で、公開のトーチリレーを行わないことを決めた。スタジアム内でトーチを手に持つランナーたちのリレーだけを行った。

 4月18日、トーチはインドに到着。中央社の報道によると、第1ランナー、インドオリンピック委員会主席・カマディさんが手にしたトーチは突然火が消え、ずっと火のないトーチを持って走った。彼が第2ランナーの持ったトーチに火を点けようとしたが、なかなか点火されなかった。結局、他の予備トーチで第2のトーチを点火した。

 しかし、第2ランナーも約20メートル走った後にトーチの火がまた消えた。その日が晴れて日差しが強く、風はなかった。リレーの秩序は乱雑で、北京特別警察がリレーの中で頻繁に動き、まったくトーチは彼らの主導で伝えられたかのようだ。最後は、トーチは駐インド中国大使の手に消えた。

 6、アフリカ、日本、マレーシア、タイ:暴雨に遭って何度も火が消えた

 北京五輪トーチリレーは4月13日、タンザニア首都・ダルエスサラームで無事に行われ、抗議事件は起らなかった。しかし、タンザニア当局は雨の原因でリレールートを予定の25キロを5キロに短縮した。

 4月19日、トーチはタイに到着して、タイ当局は首都で2000人の警察を出動した。しかし、ネット公開の写真に、5人のランナーが火のないトーチを挙げて走る姿が映っている。

 4月21日、マレーシア首都・クアランプール。現地警備は1000人。暴雨でリレーが一時中止された。雨の勢いが少し弱くなり、リレーは再開した。

 4月26日、トーチは日本長野に到着。警官3000人以上が出動して、リレーランナーの周囲を三重に囲んだ。トーチが近距離で見えないことを不満に思う市民もいた。日本のテレビ局はリレーを生中継した。風がない時に火が不思議に消えた画面はテレビに映った。

 海外リレーに、ベトナムのホーチミン市と韓国のソウル市でも雨に遭った。

 7、4月24日、オーストラリアのキャンベラ:風がない時に火壇の火が消えた

 オリンピックトーチが4月24日にキャンベラ市に到着、リレー最後の儀式はランナーがトーチの火で火壇を点火するシーンである。「オーストラリア人」(The Australian)の報道によると、当時、火壇の周囲数メートル以内に人がいない、風も吹いていないが、火壇の火が不思議に消えたという。これを見て、オーストラリアの著名水泳選手・キャンプさんの思惑の表情の写真も公開された。もちろんこれに対して中国のメディアは報道しなかった。

 8、4月28日:五輪宣伝専用列車が衝突事故

 2008年4月28日早朝4時48分、北京~青島の列車・T195号が煙台~徐州の 5034号と衝突して、70人以上死亡、420人以上重傷。

 T195号は2004年5月15日に開通した初の「五輪宣伝列車」で、一般列車と違うのは、この列車の各車両に特別なオリンピック宣伝をしている。例えば、食堂車両に「オリンピック画廊」が飾られ、高級寝台車両を「オリンピック文化車両」と命名し、列車のラジオ放送に「オリンピック特別テーマ」の番組があり、乗客に「オリンピック知識クイズ」を行うなど、すべてがオリンピックを中心にした。車掌も地元の「オリンピック政治宣伝名人」になって、 トーチを列車に持ち込んで、各車両まで宣伝した。死者70人は皆この列車のスタッフだという。

 9、5月2日、香港:トーチは2度自ら火が消えた

 5月2日の香港リレーに、オリンピックトーチは2回自動的に火が消えた。1回目は昼ごろに発生して、64番リレーランナー・施幸余は龍舟に搭乗してリレーを行い、上陸してからすぐトーチの火が消えた。2回目は4時40分に発生した。終点に到着前、雨が降っていなかったが、トーチは突然117番ランナー・蔡暁慧の手に消えて、8分間の騒乱を経てやっと再度点火した。

 10、5月3日、マカオ:火が消えた

 5月3日、オリンピック史上初めてトーチがマカオの土地にやって来た。リレーの1本目はマカオ特別行政区長官で、2本目は「カジノ王」と呼ばれるスタンレー・ホーだった。リレー中に人権組織の抗議がなかったが、トーチの火が1回不思議に消えたことがある。

 11、5月4日、海口市:中国国内の1本目、またも火が消えた

 びくびくする海外リレーを終えて、やっと中国共産党の領土に着いて、ほっとするべきだが、国内リレーの1本目に火が消えた。

 当日、点火儀式の後、国内リレーの1本目をとる、中国有名なショートトラックスピードスケート選手・楊揚がリレーをスタートしようする時、トーチの火が原因不明に消えたことに気づいた。

 12、5月7日、広州:トーチは4回火が消えた

 5月7日の広州リレーに、トーチの火が3回意外に消えた。4回目はトーチを守るためにスタッフが自ら消したという。

 13、5月8日、深セン:観客が込み合って、何度もトーチを消した

 5月8日、300万人の深セン市民がリレーを観戦したという。事故を防ぐため、スタッフが何度もトーチの火を消した。

 14、5月27日、南京:火を消して待つ

  5月27日にトーチリレーは江蘇省南京市に行われた。後ろから2番目のランナー・胡衛東が最後のランナー・孫玥(王へんに月)のトーチに火を点けるはずが、彼は火を消して、5分間を待ってから孫さんのトーチを点けた。その原因は、前のランナーたちは走るのが少し速かったので、リレー終了儀式を予定の時間とおりに始めるため、やむを得ず火を5分間ぐらい消して待ったという。

 15、5月31日、武漢:観客が多いため、トーチの火を消すと決めた

 5月31日、トーチが武漢市漢口に入った時、現場の観衆があまりにも情熱が高まっているため、リレー委員会が臨時に方案を変えて、最後の25人のリレーを「集中に行う」ことを決めた。人が多すぎるためリレー車両の移動が困難で、委員会はまた火を消すことを決めた。結局、有名な体操チャンピオン・李小双を含む25人のランナーがトーチをリレーすることが出来なかった。

 16、6月6日、桂林:トーチは自ら消えた

 桂林の観戦客にある女性が大声で胡錦涛をののしって、警戒ラインを切ろうとして、警察に捕まれた。その後トーチの火が消えた。

 17、6月15日、重慶:トーチは何度も火が消えた

 6月14日、重慶市万州県のリレーにずっと雨が降っていた。オリンピックトーチの設計者・華帝会社の会長黄啓均は、曇る日と雨の日に、トーチの火がより美しく見えると言った。しかし、6月15日のリレーに、トーチの火が何度も突然消えた。どんな原因かはさっぱり分からない。

 18、6月19日の新疆石河子市:28番トーチの火が突然消えた

 6月19日に新疆石河子市のリレーに、28番ランナー・王玉坤(男性、漢民族、石河子開発区56コミュニティ住民委員会の幹部)が走って10歩にもならず、トーチの火が突然消えた。彼が気づかずに走り続けて、この時火種を持つアシスタントが彼のトーチに再び火を点けた。

 19、6月20日、チベットのラサ:チョモランマ火種が突然消えた

 6月20日、ラサ市の一部は厳重警備をされ、タクシーはその日に営業停止されて、リレー沿線の住民は外出を禁止された。また大規模な交通管制が実施された。

 学校、役所からの数万人の観客がトーチを迎えた。しかし、最後のランナー・中国有名なチベット族歌手・才旦卓瑪と有名なチョモランマ登山家・尼瑪次仁がトーチをそれぞれ西蔵自治区共産党委員会書記・張慶黎と西蔵自治区主席・向巴平措に手渡した際、2人のスタッフがチョモランマの火種を間違って消した。この予想外の出来事にみんなが驚いた。最後、スタッフが予備火種を持ってきて再びトーチを点火して、やっと儀式を終了させることができた。

 20、国内リレーはほとんど雨

 北京五輪トーチの国内リレーは中国政府のメディアしか報道権を持っていないため、本当の火の消えた回数は公表されない。しかし、政府メディアの報道からも、トーチリレーを行う都市はほとんど雨に遭ったことが分かった。

 これほど多くの回数を数えるのも大変だ。終点の北京まで辿りつくのは後10日。当初北京当局が北京五輪トーチの火が不滅であると自信満々に称したが、30回以上も火が消えたことを経験してきた現在、おそらく最大の望みは、降雨率41%と予測される8月8日午後8時の開幕式で、鳥の巣で無事にトーチを点火することだろう。

 
(記者・リンナ、翻訳・上善)


 (08/07/29 22:30)  





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