THE EPOCH TIMES

≪縁≫-ある日本人残留孤児の運命-(42)「土地改革運動の嵐」

2008年07月19日 16時19分

 土地改革運動の嵐

 私の家が河北の長安村に移ってからほどなく、土地改革が始まりました。隣の王慶図兄さんは、土地改革の民兵隊長で、毎日のように銃を背負っては行き来していました。王喜蘭のおじさんは、毎晩こっそりと養母を尋ねてきました。それで、私の養母は、王おじさんからいろいろな情報を知りました。

 うわさによると、「掃討隊」がやってくるのだというのです。掃討隊はよそ者で、彼らは大地主をこっぴどく吊し上げ、世間体など気にせず、また後の報復も恐れないということでした。

 数日もしない内に、掃討隊が本当にやってきました。真っ先に目標になったのは、我が家の前庭に住んでいた王兆強さんの家で、彼の家には私とあまり年の変わらない王冬蘭がいました。

 彼女の家にはおじいさん、お父さん、お母さん、それからおじさんと弟がいました。彼女の家は、大きくて天井も高いものでした。王冬蘭はいつも人目を引く流行の美しい服を身につけ、毎日カバンを背負って登校しているので、私は羨ましく思っていました。

 私が王冬蘭の家に水桶を引き上げるためのカギ型の引っ掛け具を借りに行ったとき、彼女は私を差別しなかっただけでなく、倉に行って私のために引っ掛け具を探してきてくれ、さらにわざわざ長いロープまで持ってきてくれました。

 彼女は私に親切で、学校から帰ってきて私が庭で仕事をしているのを見かけると、カバンを背負ったまま私の家の庭に駆け込んできて、進んで私に話しかけてくれました。私は、彼女がカバンを背負っているのを見ると、うらやましく、バツが悪いと思いながらも、中の本を見せてくれないかとお願いしました。彼女は人の気持ちがとてもよく分かる人で、中の本を一つ一つ私に見せてくれました。その上、私に学校でのことを話してくれたので、私も学校に行って勉強したいという気持ちがいっそう強くなりました。

土地改革が始まったその年の冬

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