<記者日記>現世に魂を呼びもどされた孔子、噴火口に座る中共を救えるのか

2011/01/17
更新: 2011/01/17

【大紀元日本1月17日】16日早朝、ひとつの記事をようやく仕上げ、朝の日差しを浴びようとカーテンを開けると、目に飛び込んだのは銀色の世界。今年初めての雪だ。

ちょうどその時、東京の友人から電話があり、私が初雪の朝の寒さを伝えたら、友人に夢でも見ているのではないかと疑われた。埼玉の南東部にあるここからわずか数駅しか離れていない友人のところは、空が澄んでいて雪などなく、晴れているという。

「楊柳青青江水平、聞郎江上唱歌声、東辺日出西辺雨、道是無晴還有晴」という漢詩(注、唐の詩人・劉禹錫の連作「竹枝詞」の一首)を思い出す。

岸辺の楊柳は青々と茂り、川面の水は平らかだ。そこへ通りかかった舟から、川面に響きわたるのは若者の歌声。「東にはお日さまが出ているが、西では雨が降っているよ」。その意味は、「晴れ」ていないのか「晴れ」ているのか、つまり好きな相手の気持ちは一体どちらかなと、不安な気持ちを表現する中国の昔のラブソングなのだ。「晴(中国音Qing)」は、同音字の「情」を示している。

中国政治の中心地・北京の象徴である天安門からほど近い場所に、先日、孔子の銅像が設置されたニュースは、最近の中国のネット上で話題となっている。40年前の文化大革命時代、孔子批判の運動を自ら作り上げ、今は天安門に掲げられた毛沢東の肖像画と、その時の批判の対象だった孔子の銅像が、今は仲良く同じ地区に並ぶことになる。「東辺日出西辺雨」からして、さて当局の真意は「無晴」か、「有晴」か。メディアを含めてネット上には、さまざまな憶測や情報が飛びかっている。

特に次の言葉が、ネットユーザーの中で最も人気を博している。かつて毛沢東本人が孔子批判の際に使った「名言」であるという。

「我々共産党員は、孔子を批判することから始めた。しかし我々は、決して以前のように、『批判した後崇拝する』ことをしてはいけない。我々は自分の地位を固めようとして、再び孔子の思想を借りて民衆に影響を与えようとしたら、歴史の循環に陥ってしまうから決してそうしてはいけない。もし共産党は自分で統治できなくなり、あるいは苦境に陥ってしまい、孔子を呼び戻さなければならない時代になったら、それは共産党の終わりを意味するのだ」

あの毛沢東の肖像画は、天安門に数十年も掛けられている。昔、毛沢東の存在とその思想は「紅太陽(赤い太陽)」とされ、中国人にとって絶対的な存在であるとともに、中国を統治する共産党を権威づけるシンボルであった。しかし、「大躍進」政策の失敗が招いた飢餓や文化大革命の混乱など、数々の暴政や失政により、数千万人の国民を非正常死させた毛沢東は、もはや中国人の心の中の「太陽」ではなくなった。

76年に毛沢東は死去。その後、30年の経済改革を経て、形式だけの社会主義が残った中国では、毛沢東思想はもはや国民の求心力とはなり得ない。70年代から_deng_小平がアピールした「一部の人が先に豊かになれ」という中国式の社会主義も、結局は極端な貧富の差だけを生み出した一種の騙しにしかすぎなかった。

そこで、社会的対立がピークに達したタイミングで政権を引き継いた胡・温は、「調和社会」の理論を打ち出すとともに、「上に反抗しない思想」を説く孔子先生を崇拝する運動を国中で推進させた。その結果、ついに孔子の銅像を天安門近くに設置して、毛沢東の肖像と肩を並べることになった。「権力と利益の結合の果てに、2500年もの時が離れ、しかも(思想が)相反する歴史人物の幽霊が結ばれた」と中国経済紙「財経網」の著名ライター許錫良氏は指摘し、「このおかしな光景から見えたのは(当局)の周章狼狽した様子(六神無主)だ」と皮肉った。

許氏によれば、活火山の噴火口に座っているような危機に陥っている現政権は、もはや国民に見捨てられた毛沢東思想ではなく、秩序維持に都合の良い孔子の教えに国民統合の救いを求めたということだろう。

一方、孔子像の設置場所と設置時間から、易占いを試みるネットユーザーもいた。それによると、この卦は「主謀者の弱気と卑怯」を示すものであり、中国共産党政権は今回の手段により権力者の全体利益を守ることに一時的には成功したが、いずれ左派勢力と自由主義者に挟撃され、将来の情勢変化に危機が敷かれている、ということらしい。

亡秦者胡也(秦を亡ぼす者は胡なり)。始皇帝が統治する秦を滅ぼす者は(始皇帝の息子である)二世皇帝の胡亥(こがい)である、という。中国史上に有名なこの予言のように、秦の始皇帝を超える統治者だと自称した毛沢東は、孔子の魂を呼び戻して共産党の統治に力を借りた胡(錦濤)の時代を予見していたのだろうか。

(趙莫迦Zhao Mojia)
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