THE EPOCH TIMES

神韻トップダンサー「感動的な演技は無我の境地から生まれる」

2008年09月04日 00時00分
 【大紀元日本9月4日】

 「一つまた一つと灯るローソクの明かり、一曲また一曲と流れる悲しい歌が、修煉者の悲壮な英姿を物語る。
 一つまた一つと灯るローソクの明かり、一本また一本と架かる橋が、この世の正義と善良をつなぎ合わせる。
 一つまた一つと灯るローソクの明かり、一つまた一つと生まれる希望が、真・善・忍の美しさを四方に伝える。
 ローソクに火を灯し、真心と善良を伝える。……」

 神韻芸術団の大型舞踊『燭光』を見た人は、この主題歌を忘れることはない。神韻ニューヨーク芸術団の世界巡回公演で流れたこの悲壮かつ優美なメロディーに、幾多の観客が魂を揺さぶられたことか。そして、その舞台のトップダンサー李維娜が日々の修煉を通して培った奥深い内心の境地から醸し出される穏やかながらも確固とした信念は、見る人の脳裏に強く焼きついたことであろう。

 神韻ニューヨーク芸術団副団長の李維娜は、9月24日~28日の間カナダ・トロントで行われる神韻中秋公演に参加するに当たって、本紙のインタビューで、『燭光』について次のようにいう。

 「『燭光』の舞台に立ったとき、気持ちは驚くほど穏やかで、演じているというよりは、観客と一体になっているという感じだ。それはある種の内心の叫びであり、正義と良知を呼んでいた。観客の皆さんが涙したのは、きっと皆さんの魂に触れるところがあったからだと思う」。

 神韻芸術団は主に、中国古典舞踊と伝統歌曲を通して、中国の悠久な歴史と伝統文化を伝えている。団員の多くは、北米で育った華僑で、彼らの見事なパフォーマンスは、純正な中華民族の本質を再現し、世界中の観客を魅了している。

 中国古典舞踊を学ぶ過程で、文化と道徳を学ぶ

 神韻芸術団の演出も兼ねる李維娜は、「中国古典舞踊芸術は中華神伝文化の一部を成しており、数々の歴史故事が古典舞踊に尽きることのないテーマを提供してくれている。西洋の教育を受けて育った神韻の若いパフォーマーたちは、それらを何の障害もなく、情熱をもって学ぶことができる」という。

 李維娜によると、神韻芸術団では、訓練における基本教材、音楽、舞台デザインのいずれにおいても、純正で伝統的な中国文化の素材を用いており、パフォーマーたちは、その美しい文化の精髄に触れたとき、魂をゆすぶられ、よりよい影響を受けることになる、そして、その過程で、文化だけでなく、道徳を学び、それを各自の生活に溶け込ませることができるという。

 
神韻芸術団トップダンサーの李維娜さん(撮影=戴兵/大紀元)

心を静めて伝統文化の奥深さを味わう


 神韻の若いパフォーマーたちが、中華の神伝文化を、何の障害もなく情熱を持って学ぶことができていることについて、李維娜は次のようにいう。

 「いいものというのは、見たからといってすぐできるようになるものではなく、まずは心を静めてそれを味わわなければならない。そのためには、自我を放棄できなければならない。」

 「現代社会は誘惑が多いし、流行っていることが必ずしもいいことだとは限らない。若い人は、往々にして自分もそれらを追い求めなければならないと考えるのだが、神韻の若いパフォーマーたちのすばらしいところは、舞踊を学ぶ過程で、流行を追い求めるという気持ちを捨て、本当の自我を探そうとしていることだ。」

 「その過程で、彼らはますます純粋で清らかになる。芸術は単純であればあるほど容易に人を感動させる。そしてこれこそが、神韻公演の中で彼らが成功を収めることができている大きな要因だと思う。」

 「訓練ということで言えば、彼らが直面している困難と肉体的な苦痛は、形容しがたいものがある。しかし、彼らの中国文化に対する、海綿のように吸収する情熱には大いに感動させられる。」

 無我の境地で、文化を伝える

 李維娜の友人が、「神韻公演のパフォーマーたちの演技はよくそろっているが、彼らの笑顔はみな少しずつ違っており、それに感動した」と感想を語ったことがあるが、それに対して、李維娜は次のようにいう。

 「演技がそろっているのは、もちろん練習したからだ。しかし、そろっている中にも個性がある。自我を放棄したパフォーマーには、個性をひけらかしたいという気持ちがないため、全員監督の指示通りに、一つの目標に向かって努力することができる。」

 「しかし、同時に個性も持っている。どの程度に笑わなければならないとか、目は何度の方向を見なければならない、といったがちがちの要求はなく、ある程度自分で創造する余地がある。だからこそ、そろっている中にも個性が見られるのだ。」

 「簡単に言うと、パフォーマーとして、自我をなくしたときにこそすばらしい演技ができる。自我がないというのは、しっかりした考えがないということではない。自分を表現したいという欲望を満足させるためではなく、特定の芸術創作のために、無我の境地で表現するということだ。」

 「彼らは、舞台で注目してもらおうとか、成功して有名になりたいといったことは望んでいない。神韻公演がすばらしいものになっているのは、この点が大きいと思う。」

 「パフォーマーたちが心がけているのは、すばらしい伝統文化を、公演を通していかに観客に伝えるかということだ。彼らは、自分たちが文化を伝えているといことをよく分かっている。」

 神韻は、中華子孫の純正な伝統文化を再現する

 多くの観客が、神韻芸術団のパフォーマーたちの中国古典舞踊に対する理解力と表現力に驚嘆する。彼らの舞踊は伸びやか、かつ動きが豊かで、神伝文化の奥深さを十分に具えている。演技では、仁、義、礼、智、信、天、地、君、親、師などの伝統的価値観を表現するだけでなく、男子が本来持つべき質朴、礼儀正しさ、正気、義侠、英姿と、女子が具えるべき純粋な清らかさ、善、柔和さ、恭しさをも再現している。

 それについて李維娜は、各王朝のさまざまな文化が中華民族の子孫の骨の髄に浸透し、その遺伝子が独特の奥深い味わいを醸し出しているとした上で、次のようにいう。

 「私たちの祖先は、広大で奥深い中華文化を作りあげたが、今中国大陸では、中共の党文化がその伝統文化を根本から変異させてしまった。神韻芸術団は、それを復興しようとしている。」

 「神韻公演は、共産党文化の要素を含まない正統な中国伝統文化の文芸公演で、海外で育った華僑パフォーマーたちは、そこに内包されるものに触れることによって、さらに純粋となる。」

 最後に李維娜は、「今年も中秋の佳節に、再度多元文化の都トロントを訪れることができるのをうれしく思う。神韻公演は必ず、多くの人に温かくロマンチックな中秋の夜をプレゼントすることになるだろう」と語った。

(翻訳・編集=瀬戸)

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