中国の民主派知識人が語る北京五輪
【大紀元日本9月8日】中国共産党が威信をかけて行った北京オリンピックはついに幕を閉じた。中共政権は、独裁パワーを最大限に行使し、あらゆる批判の声を黙殺し、「スポーツの祭典」を「独裁の祭典」に変貌させた。
中共政権は、北京五輪の無事開催によって、強権のパワーを誇示したものの、国際社会の一員として成長するチャンスを逃した。また、北京五輪の「円滑な運営」のために、国内の民主主義的な動きを徹底して抑え、民主主義社会との価値観の違いを明確にした。
しかしながら、中国人の中にも、国際社会と「人権、自由、民主主義」といった価値観を共有している知識人がいる。彼らは、北京オリンピックについても当局とは異なる視点を持っている。
北京在住の著名な評論家・劉暁波氏は、北京オリンピック開催の翌日、「観察サイト」で文章を発表し、開幕式は独裁美学の体現であり、近年最も華やかな政治ショーであると批判した。特に、張芸謀監督がCCTV(中国中央テレビ)で開幕式は「ロマンチック」という言葉で言い尽くせると発言し、それに対して司会者が「ロマンチックの極致」だと賛美したことに違和感を隠せなかった。
劉暁波氏は、「個人的な感想として、開幕式のほとんどのプログラムは繰り返しが多く、全体の想像力が欠乏し、文化の中身が空っぽで、現代科学技術をうまく駆使しただけで、「ロマンチック」とは程遠いと思う。」と開幕式の感想を語った。さらに、開幕式について、「ロマンチック」というより「媚俗」だと書き、結局は「媚権」であると糾弾した。
元北京大学助教授焦国標氏も、九月号「開放」雑誌に載せた文章の中で開幕式で各国の選手が国名の漢字の画数によって順番に入場したことは最も容認しがたいと批判した。
いつものアルファベット順であれば、わかりやすく、200以上の国及び地域の順番も明白になるのに、わざわざ漢字に置き換えたため、世界を困惑させたと嘆いた。その上、曹長青氏が指摘したように、もしもアテネオリンピックはギリシャ語の順に、ソウルオリンピックはハングルの順に、東京オリンピックは日本語の順に入場したならば、混乱を招くに違いないと述べた。
四川省成都在住の雑誌編集者・冉云飛氏は、ネット上で「中国のスポーツは歪んだ道を歩んでいる」というタイトルで文章を発表し、単純に偏狭なナショナリズムに陥っているのではなく、オリンピック精神に照らして冷静に判断すべきであると警鐘を鳴らした。冉云飛氏自身も、まだ大学二年生だった1984年のアトランタ・オリンピックでは、中国選手が金メダルを獲得する度、熱狂したという。だが、今日多くの中国人は中国共産党の洗脳に惑わされず、様々な視点で物事を考えるようになったと述べた。
(翻訳編集・鶴明)
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