THE EPOCH TIMES

「神韻」の魅力を探る(その一)

2008年12月16日 06時14分
 【大紀元日本12月16日】毎年恒例の「神韻芸術祭」はいよいよ幕を開けようとしている。今年末から来年初めにかけて、神韻芸術団は70の都市の一流劇場で300を超える公演をこなす予定。

 中国古典舞踊の要素を多く取り入れ神韻芸術祭は多様なプログラムと鮮やかな服装で観客心を楽しませ、観客席との一体感を演出する天幕が時空を超え、人々に感動を与えている。さらに心行くに届く音楽と歌声が相まって、毎年多くのファンを魅了している。

 2006年に最初の世界公演が始まって以来、各地で大きな反響を呼んだ。マスコミの報道と社会からの賛美の声によって、神韻芸術祭は注目されるようになり、「神韻現象」とも呼ばれるものが生み出された。多くの人は神韻芸術祭になぜ人々にこれほどの感動を与えられるのか、その舞台裏を注目し始めた。

 ここで、神韻芸術団副団長の李維●(●…女へんに那)さんへのインタビューを通じて、神韻の魅力の源を探ってみたい。

 「神韻」の感動はどこから来るのか

 見たことのある人なら分かるが、神韻芸術団の俳優が特別な美を備えていると感じている。李副団長によると、実は俳優の容姿ではなく、その内在する独特な味わいが現れたから、美を感じさせるという。

 中国古典舞踊は伝統芸術の一種で、「身韻」と「身法」、そして「舞功」が含まれている。舞功の多くは現在、武術に吸収されており、たとえば「短打」もその一つである。武術は舞功のスピードと力強さを取り入れたが、舞功に緩慢と柔軟の動作もある。中国古典舞踊の重要な部分を構成する身韻は、言葉に表現するのは難しいが、教養から由来するものである。

 ニューヨークのラジオシティで神韻芸術祭を鑑賞した中国芸術界のある重鎮は、神韻の踊りについて、「花園で舞う純真無垢の少女、その純真さが感涙を誘う」と述べた。

 神韻芸術祭の伝統文化に対する解釈

 李副団長は、共産党が中国に入る前は、中国人は天地を敬い、佛の存在を信じていたのだという。神韻芸術団は、この文化の内包を芸術の手法で表し、人間として持つべき善の心、良き縁で繋がっているという感動を表現した。

 現代芸術は、刺激を求めるものが多く、観客の興奮を喚起させることを目的としており、性的表現も多く、セクシーさを強調するものも少なくない。鑑賞後に人に感動を与えられるものは非常に少ない。

 伝統芸術はそれと違い、余韻に浸ることができ、芸術の真髄を味わうことができる。良い作品は長く伝わり、数年後、数十年後に再び見ても、当時の感動が蘇り、感涙させる。

 中国は五千年の文化があり、それを舞台で表現し、違う文化背景を持つ世界各国の観客に受け入れてもらうのは、容易なことではない。神韻はまだ始まったばかりだが、多くの観客に歓迎されるようになったのは、きっとその独特な魅力があるに違いない。

 李副団長の話によると、伝統と倫理道徳が類似する国の観客でも、神韻芸術祭を見た後の反応が違うという。韓国の僧侶は鑑賞後、なかなか退場とせず、メディアの取材中ずっと涙を流しながら、深い感動を受けたことを語ったという。神韻芸術祭が人々に伝えたい本当のメッセージを受け取り、ただ単にこの世にやってきたのではないことがわかり、感銘を受けたという。

 李副団長は北京舞踏学院を卒業後、広東歌舞劇院でメインダンサーを務めた。オーストラリアに移住した後、シドニーダンスシアターでダンサーを務めながら、後進の指導に当たっていた。現在、神韻ニューヨーク芸術団の副団長、ダンサー、振付師として活躍中。

 
(翻訳・編集/高遠)


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