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『タコはいかにしてタコになったか』光文社(奥井一満著)

【本との話】タコはいかにしてタコになったか

 【大紀元日本6月14日】

蛸壺や はかなき夢を 夏の月 (松尾芭蕉)

 幼い子供がクレヨンをしっかり握りしめて、絵を描いていました。まあるく円を描いていくつかの線が添えられています。描かれたのは人間の姿らしく、服をまとった色彩が風のように走っています。

 幼児の真ん丸いまなこにしてみればお母さんも友達も、みんなまあるい生き物に直感されているようです。人間の赤ちゃんも頭でっかちで、一個の卵から生まれた形の名残を存分にとどめています。人間の赤ちゃんは頭から発する形成力によって育ちます。

 幼子はまだかすかに残っている卵型の自分の姿に似せて、周りの世界をファンタジックに玉子形に眺めています。主客未分離の小さな子供が描く人間は、何と限りなく頭足類に似ていることでしょう。

 タコは目のある頭のすぐ下から足(腕?)が生えています。頭に見える大きな部分は胴体です。頭の上に胴体をのせてしまいました。どうしたことか?タコは袋のように体を一括りにまとめてしまったのです。ご先祖様であるらしいオウムガイやアンモナイトがもっていた殻をわざわざ脱ぎ捨てて、賢く大きな頭を手に入れようとしたかのようです。

 奥井さんは言います。「なぜ、カメラ眼のような、ヒトに近い眼を持っているのか、なぜ、骨がないのか、なぜ、足が八本あるのか、なぜ、体節を持たないのか、なぜ知能が発達しているのか、なぜ、胴と足の間に頭があるのかなどなど、説明するのが困難なテーマーが山ほどある。そして、極めつけは、なぜ、きみはタコなのか・・・ここで完全にお手上げである」

 タコの足は敵に襲われてちぎれるなどしてもちゃんと再生します。ところが何等かの原因でタコは自分の足を食べてしまうことがあります。不思議なことに食べてしまった足は再生することはありません。こんな「なぜ、なのかのヒント」をじっくり考え込んでしまう、読んで楽しいおしゃれな五感に満ちた本です。

 母タコは卵を出産するとそれを守るように抱きかかえて、約3週間ほど断食状態で過ごします。そして子孫を残す役割を果し終えた母タコは、そのまま衰弱して死んでゆきます。タコは夜行性なので朝方に岩陰のある棲家を見つけて潜り込みます。蛸壺を棲家にしてしまったタコは、夏のようにはかない卵形(らんぎょう)の夢のなかで果てるのです。

 あなたはタコの声を聞いたことがありますか?タコの声を聴いてみたいと振り返ったことがありますか?それは小さい子供が描く人物像=頭足類の絵の中に、おそらくこだましていたものであるらしい・・・。

(そら)

 (09/06/14 17:36)  





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