印刷版   

 
成語典故(図:柚子)

【歴史の名句】 釜を壊し、舟を沈める

 【大紀元日本9月27日】

 秦の末期、群雄蜂起がおこり、戦国時代の各国皇族も旧来の国号を掲げ、兵を起こして秦に挑んだ。

 秦の大将・章邯は兵を率いて反撃し、強勢の楚軍に圧勝し、その勢いで趙軍を要塞の巨鹿城に包囲した。

 趙王は各国に助けを求めたが、楚軍が秦に敗れたのを見て各国は動揺し、援軍を送らなかった。

 秦の兵力は日増しに強まり、対する各国の軍隊は畏れて前へ進めなくなった。この情勢を見た楚の大将・項羽は再び攻撃することを決意した。軍隊の士気を鼓舞するために、項羽はある策を練った。楚軍が黄河を渡った後、項羽は部下に対して船を沈め、飯釜や駐屯用のテントを壊し、兵士にそれぞれ3日間の食糧しか与えないようにと命令した。すなわち、撤退する余地をことごとく無くし、必勝の決意を示したのである。

 項羽の決意を見た兵士らは「進むしかなく、必勝しかない」という念を抱き、楚軍は皆、勇ましく戦うようになった。9回の激しい戦闘を経て、楚軍はついに秦軍を撃退し、巨鹿城の危機を回避させた。

 「破釜沈舟(釜を壊し、舟を沈める)」はその後、後ろを顧みて二の足を踏むことをせず、決心して突き進む精神の例えとして使われるようになった。

(翻訳編集・小林)


 (09/09/27 05:00)