【大紀元日本10月11日】唐の第2代皇帝・太宗の言葉に、「銅を鏡にすれば身だしなみを正す事ができる。歴史を鏡にすれば世の動きを見る事ができる。人を鏡にすれば自分の長所や欠点を知ることができる」というのがある。太宗が厚く信頼していた名臣・魏徴(ぎちょう)の死に際し、「貴重な鏡を失ってしまった」と嘆き哀しんで語った。
唐王朝初期の「貞観の治(627年-649年)」は、中国史上最も良く国内が治まった時代と言われ、理想の政治とされている。太宗と魏徴の問答を多く収めた『貞観政要』は、後世の政治の手本となった名書で、徳川家康も好んで読んだと言われている。
魏徴は、日本でも有名な詩「人生意気に感ず、功名誰かまた論ぜん(人生は人間同士の意気に感じて事を為す。功名などは問題ではない)」を残している。魏徴は元々、太宗の兄に仕え太宗暗殺を勧めていた。にもかかわらず、後に自分の真価を認めたくれた太宗のため、時には死をも恐れず、また時には堂々と意見し、誠心誠意仕えた。太宗もこれをよく聞き入れ、魏徴の人柄に惚れ込み、両者の間には強い絆が結ばれた。
意気に感じる人生のパートナーは、私達の人生の中で不可欠な存在である。魔法の鏡のように、自分の欠点を映し出し、誤りを指摘し、人生の多くの道理を教えてくれる。そのパートナーは、友達であるかもしれず、妻や夫、部下であるかもしれない。
人生という旅の中で、さまざまな人に出会う。その一人ひとりをよく観察すると、それぞれが素晴らしいものを持っていて、時には自分の手本となることもある。それらを鏡とすることで、自分の欠点を見つけることができるし、違った考え方も学ぶことができる。
「相識満天下 知心能幾人(知り合いは天下にたくさんいても、心を分かり合える相手は、いったい何人いるのか)」ということわざがある。自分の長所を大切にし、欠点を教えてくれ、共に困難を乗り越えられるパートナーこそ貴重な鏡である。
(翻訳編集・心音)
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