THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(9)

2009年11月02日 05時00分
 【大紀元日本11月2日】

 就学前(1989~1992年)  「いただきます」

 離乳食が始まるとハイチェアに乗せて、1日3回、365日、「いただきます」と「ごちそうさまでした」を繰り返して聞かせることになる。なるほど、これだけ定期的に同じ音を耳にしていれば、どんな言語も定着すると一人で納得していた。ところが、この二つの 言葉に適応する英語が存在しない。昔は食事の前に一家の主が 神にお礼を言う「グレース」 というのがあったようだが、現代のイギリスの日常生活ではなかなか体験できない。クリスマス前になると、特別の食事会や教会の集まりで、食べ物を前に頭をうなだれて、しみじみとグレースを言うことは経験した。

 食事の後に関しては、子供が 「Daddy, please may I leave the table?」(お父さん、席を立ってもいいですか?)と言って許可をとってから立ち上がるという表現があり、意味は全く違うが、席を立つ前に言う表現としては、まあ対応する。

 娘が生後10カ月になるくらいから、地元のメソジスト教会が行っているマザース&トドラーズ(母とよちよち歩きの子供の集まり)に週に1回通った。教会のボランティアが大きめの部屋におもちゃや幼児用のすべり台などを並べ、子供たちを自由に遊ばせる。その脇で母親たちは「昨日、何時間寝た?」など、子育ての情報交換をする大切な場だった。母親は紅茶をいつでも飲むことができ、子供は11時にジュースとビスケットをもらえるのだが、これも、テーブルにビスケットが並ぶと、子供たちがさりげなく集まってきて、ビスケットがなくなるとさりげなく去っていくという状態だった。子供によってはビスケットよりおもちゃの方が楽しかったりするので、2分以上座らない男の子から20分べったり座る女の子まで様々だった。食事前後の挨拶は皆無。

 小学校でも、個々のお弁当を好きなお友達と食べるとか、カフェテリア形式で食事を手にした順に食べるなど、やはり「いただきます」にあたる言葉を使う機会がないようだった。最近日本語を学びに来た50代の夫妻に、謙虚に物をいただくという意味のItadakimasu、そして粗末な食べ物に対してもご馳走だったと感謝するGochiso sama deshitaを教えたら、日本語の美しさに感動していた。

 (続く)

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