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栗の話

文・青松

 【大紀元日本11月13日】

 祖母の家の近くには小さな山が沢山あって、いろんな花が咲き乱れ、いろんな果実が実り、好きなように摘み取ったりすることができた。一日中、山を駆け回っても、全然飽きないから、小さい時は特に遊びに行くのが楽しみだった。

 その中に栗の木ばかり生える山があった。実物の栗の木に出会うまでは、光沢を帯びる滑らかな皮の中の甘く香ばしい栗のイメージしかなかった。ある冬、弟と一緒にその栗山に登った。枯れた枝にハリネズミが小さく丸くなっているようなものが残っていた。私は好奇心でそれをもぎ取って割ってみた。なんと栗がでてきた。

 指を刺す沢山の棘を持つ表面とは裏腹に、優しい中身があった。私は興奮を覚えた。世の中は見せかけがあまりにも多くて、気をつけないと外見だけに惑わされてしまうということを自分の心にしっかりと刻み込んだ。

 大人になって、故郷を離れたヨーロッパで再び栗の木に出会った。宿泊地には外に小さい庭があった。庭の入口はいつも閉まっており、出入りはないようだった。ある日、好奇心でその庭に入ってみた。中の栗の木は大きく真っすぐに伸びており、小さい時に見た栗の木とはとても感じが違っていた。

 木の下に沢山の栗が落ちているが、何故誰も拾わないのかと不思議に思った。栗はこの町では安くないし、腐らせる理由はないと首をかしげた。もしかして、これは栗ではないかも知れないとも考えたが、よく観察したら、やはり栗だった。おそらく食べられない栗であろうと思った。ともかく、私は2つ拾い、窓際に飾ろうと持ち帰った。

 数日後友人と談笑した時に、
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栗の話題になった。あちこち落ちている栗は何故拾わないのか、と友人が近所の人に尋ねたら、毒があるから食べられないと言われたそうだ。これで理由が分かった。

 この世の中、上手に見せかけている物事は沢山ある。外見は栗でも、自分の知っている栗とは限らない。全てにおいて外見に惑わされないで、事実を見極めることが肝心だと再び諭された。

(翻訳・豊山)


 (09/11/13 05:00)