THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(10)

2009年11月09日 05時00分
 【大紀元日本11月9日】

 就学前(1989~1992年)  初めての日本(上)

 2歳半の秋、初めて日本に連れて行った。英国の南西端コーンウォール州から電車に5時間乗って、それからバスに乗り換えてヒスロー空港まで行き、さらに飛行機で成田空港まで11時間。それからリムジンバスとタクシーに乗り継いでの里帰りだった。待ち時間なども入れて、24時間以上の道のりで、寝付いた頃に乗り換えで起こさなければならず、幼い身にはかなりの長旅だった。実家についたら「畳の部屋に布団敷いといたからね」と親に言われ、まだ早い時間だったがやれやれ落ち着こうかと思ったら、娘はぴったり私にしがみつき大声で泣き出した後「おうちかえろ」の一言。 畳も布団も初めてだし、全てがこれまでの環境とは全く違うのだから、 無理もない。ここから、私の逆カルチャーショックの旅が始まった。

 まず、玄関では靴を脱がせる。お風呂の中に石鹸を入れない。道端の鳥居の段からジャンプして遊びそうになるのを止める。 日本人だったら自然に身に付く習慣を、わずか数時間で叩き込まなければならない。さらに、バスや電車に乗ると、子供用のジムのクラスでみかけた吊り輪が並んでいる。ぶら下がらせると、ちょうど靴が座っている人の顔の高さにきてしまう。「ダメよ」というと、その場でしゃがみ込む。このへんは、東西文化の差というよりは、田舎と都会の常識の差というほうが的を得ていた。

 食事も、海苔と日本そばは食べると思っていたら、結局、海苔と日本そば以外は見たこともないので、とりあえず拒絶。ミルクも味が違うとか。緊急用にスーツケースに入れてきた粉末スープが、最初の数日は唯一の頼りとなった。パンも菓子パンばかりで細長い一斤のパンが店頭にない。「イギリスパン」というイギリスには存在しないパンは、娘にとっては不思議な食べ物だったようだ。

 わずか5週間の滞在だったが、最後には、良く耳にする表現である「もえるごみ」「もえないごみ」などが言えるようになっていた。「おじいちゃま」は言えず「おーじちゃま」。「おばあちゃま」も舌が足りずに「おばちゃま」。ふたりとも、若返ったと言ってニコニコしていた。

 (続く)

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