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テトラヒメナが生息する池にいるグライダーさん(ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

障がい児からノーベル賞受賞者に

 【大紀元日本12月25日】

ノーベル医学生理学賞受賞者グライダーさんの半生

 いつもと変わらない朝。グライダーさんは洗濯物を畳んで部屋を片付け、それからジムに行く仕度をしている最中だった。スウェーデンからの一本の電話は彼女の人生に最も輝かしい一ページをめくった。ノーベル賞委員会は12月5日、2009年のノーベル医学生理学賞をジョンズ・ホプキンズ大勤務のキャロル・グライダーさんとほかの2人のアメリカの学者に授与したと発表した。

 3人は染色体の末端にあるテロメアと、テロメアを構成するテロメラーゼという酵素がどのようにして細胞の劣化を防いでいるのか、そのメカニズムを解明したことが評価され、この研究はがんや老化の研究に役立つことが期待されている。

 
2009年のノーベル医学生理学賞を受賞したジョンズ・ホプキンズ大(Johns Hopkins University)のキャロル・グライダー(Carol W. Greider)氏(ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

妻また母親でありながら、大学教授でもあり、そして学者の頂点を極め、ノーベル賞受賞者という新たな肩書きを付与されたグライダーさん。幼少時、ディスレクシア(難読症)という障害を持つ子供だったと誰もが想像できないであろう。グライダーさんは受賞について、「やりたいことを選べ」という父の教えに加えて、幼少期に培った驚異の集中力が今回の受賞に繋がったと述べた。

 生い立ち

 グライダーさんは1961年4月15日にカリフォニア州で、物理学者である父親と生物学者の母親の間に生まれた。6歳のとき、母親が他界。父親の自由な学術精神と好きなことに打ち込む姿は彼女に大きな影響を与えた。「どんなことをしても良い。ただ、それは必ずあなたが好きなことでなければならない」と教わったという。

 グライダーさんが持つ「ディスレクシア(難読症)」とは、学習障害の一つで、正確に単語認識に困難さがあり、結果的に読解や読む機会が少なくなり、語彙の発達や背景知識の獲得を妨げるとなりうる、とされている。障害のため、学者である親を持ちながらも、勉強は不得意で、自ら「頭が悪い子」と思っていた。障害の壁を乗り越えるため、グライダーさんは様々な手立てを考え、記憶力を高め、取り組んでいることに集中する能力を身につけ、優れた記憶力の持ち主となった。グライダーさんはこの能力から大きく受益したという。「子供のときの、困難を克服するという経験のおかげで、成人後にやりたいことに集中できるという能力を持つようになった。何かをやり遂げようとするとき、困難という文字は頭の片隅にもなく、ひたすらその道を走り続けていく。障害を持つ経験は私を成功へ導いた。学者になってからも、いつも様々な難題とぶつかるが、くじけることなく、まっしぐらに前進してきた」

 中学に上がり、グライダーさんは生物試験に興味が湧き、実験で問題解決する分野は自分に適していると感じ、1979年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校生物学科に進んだ。一年生のとき、様々な実験室で実験を行い、最終的に生物化学を専攻にすると決意、その後の二年半、実験室に入りびたりの生活を送った。すっかり実験の楽しさに虜にされたグライダーさんはその後、カリフォルニア大学バーグレー校大学院に進学し、ここでノーベル賞の共同受賞者の一人、エリザベス・ブラックバーン氏と出会い、同氏に師事、ノーベル賞史上初の師弟同時受賞の快挙を成し遂げた。

 
実験室でのグライダーさん(ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

1987年に同校で博士号を取得した後、米国の生物学系の著名な研究所コールド・スプリング・ハーバー研究所でポストドクターとしてテロメラーゼの研究に取り組んだ。同研究所は最先端の研究で世界的に知られ、ノーベル賞受賞者を出したこともある。男性中心のこの研究所だが、グライダーさんはまったくそれを意識せず、ここでも彼女の驚異的な集中力を発揮した。通常、新人がほかの研究員の下に配属され、研究を手伝うのがほとんどだが、グライダーさんは三年間の研究経費を割り当てられ、ある研究の責任者を命じられた。同研究所の現職総裁であるブルース・スディアマン氏は「彼女は今まで見た人の中で、最も研究に対して情熱的な人。三年足らずで、研究員に抜擢された」とグライダーさんを称えた。

 1997年、グライダーさんはジョンズ・ホプキンズ大で教鞭を取った。「今まで自分の人生を計画したことがない。大学のとき、将来教授になるという考えは毛頭なかった。全ては興味と好奇心の赴くままに前進を続けてきた。困難を困難として捉えず、ひたむきに目標に向かって走ってきた。幼少時に培った集中力のおかげで、強い適応力も身につけ、実験の楽しさを味わうために、研究を続けてきた」とグライダーさんは言う。

 2006年、グライダーさんら3人は米国で最も権威ある医学賞で、「ノーベル賞の登竜門」とも言われるラスカー賞を受賞した。

 テロメアとテロメラーゼとは

 テロメアとテロメラーゼに関する3人の研究成果は1980年代に発表されたとき、研究者の間では大事な発見と認められ、いつかノーベル賞を受賞するだろうと目されていた。

 そのテロメアとは、染色体の末端にあるキャップのようなもので、らせん状になっている遺伝情報を保護する役割を担っている。ブラックバーン教授、共同受賞者であるハーバード大のジャック・ゾスタック教授の両氏は、染色体を膨大に持つ単細胞繊毛虫「テトラヒメナ」を使い、テロメアの塩基配列を決定した。その後、グライダーさんとテロメアを修復する酵素テロメラーゼも発見した。

 
テロメラーゼを発見したときのレントゲン写真(ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

細胞が分裂、増殖するたびに、染色体も複製されるが、通常の体細胞ではテロメアはそのたびに短くなり、限界に達すると細胞が死亡し、老化の一因とされる。しかし、生殖細胞やがん細胞では、酵素のテロメラーゼはテロメアを修復し、細胞の老化死を防ぐ。もしがん細胞でテロメラーゼの働きを止めることができれば、がんの新治療法に繋がると期待される。

 ブラックバーン教授は「これはとてもハードルの高い研究だが、グライダーさんはその難しさをちゃんと理解している。簡単にくじけてしまう人なら、最初からこの研究に首を突っ込まないだろう。頭脳明晰でありながら、先取りの精神も持ち合わせている人が必要とされている。グライダーさんはまさにそういう人」と話す。

 

 「家族は一番」

 
子供と研究室の仲間と一緒にノーベル賞受賞を祝うグライダーさん(ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

1993年、グライダーさんは歴史学者の夫と結婚、一男一女に恵まれた。働く女性にとっての永遠のテーマである「仕事と家庭の両立」についても、グライダーさんは集中力の重要性を力説する。「それはやりがいのあることなら、努力すればいい。私は家庭も仕事も欲しい。だから、目の前のことに一所懸命になればいい。仕事に多くの時間を割けないので、仕事中、研究に余念がない。家に帰ると、頭を切り替えて家族との時間を楽しむようにしている。あることをしながら、ほかのことを考えたりはしない。私に二つのことを同時にこなすほどの体力はない。ここも注意力が威力を発揮するところ」

 「家族は私にとっていつも最も大事な存在。週末は家族と一緒に過ごしている。家族が私を必要とするとき、いつも彼らのそばにいる。研究室にいるときは仕事を夢中にしている」と家族への愛を口にする

 グライダーさんは子供が小さい頃、子供を研究室にまで連れて行き会議に出席していた。今回、大学側が開いたノーベル賞受賞の記者会見にも、子供と一緒に臨んだ。「これは男性受賞者には考えられないこと。オバマ大統領は受賞の一報を受けたとき、きっと洗濯物なんか畳んでいないはず」と笑顔を見せた。

 基礎科学の勝利

 グライダーさんは25年前、「染色体がどのように働いているのか」という単純な興味から出発し、この研究を続けてきた。今となってテロメラーゼがガン治療と老化防止に役立つと分かったが、当初テロメラーゼにどういう働きがあるのかも知らず、25年間も研究を続ける必要があるとは予想もしなかったという。

 「受賞のおかげで、多くの人にテロメラーゼについて説明する機会が増えた。当時は何かの病気を治療するという目的でこの研究を始めたのではなく、ただテロメアに興味があっただけで、この研究を始めたのだ。研究の実用化が重視されるこの時代で、私たちの受賞は基礎研究の勝利でもある」と述べた。

 今後、テロメアとテロメラーゼについてさらに研究を進めるが、医療に応用される日がいつやってくるのかはいまだ未知だという。それは長い時間を要するかもしれないが、きっとグライダーさんにとってまた楽しい時間になるに違いない。

(翻訳編集:高遠)


 (09/12/25 05:00)  





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