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素手で熔鉄を放つと空中で花火のように(ネット写真)

素手で1500℃の溶鉄を放つ 煌びやかな花火のよう=中国

 【大紀元日本4月6日】手のひらで1200℃~1500℃の溶鉄を受け止め、瞬時に空中に放つと、たちまち煌びやかな「花火」が咲いた。演技者は掌がかすかに熱いと感じるくらいで、火傷はしたことがないという。これは攸県で300数年にわたり、広く伝わってきた「素手で溶鉄を放つ」という伝統技である。

 「素手で溶鉄を放つ」技は明末清初から源を発して、清朝~20世紀50、60年代前半まで盛んになり、60年代後半の文化大革命時期から衰え始めた。主に攸県城関・上雲橋・新市など郷・鎮で広がっている。近年、300年余りの時空をまたがっていたこの技は、再び攸県民間に戻った。以下は当技の第7世代後継者である李文華(リ ウェンフォア)さんが紹介した技の特徴である。

 「1950~60年代、鋳掛屋さんはとても人気があった。彼らの特技は、鍋を修繕した後、残った溶鉄を撒き散らすと美しい「花火」が形成される。飛び散った溶鉄は屋根に飛び散り、ピピパパと音がする。美しく、また魔よけ、厄除けの作用もある」

 「この技のポイントは大胆で迅速であること。つまり、何秒間以内に手のひらで受け止めた溶鉄を放たなければならない。鍛冶職人は長年にわたり、高温の溶鉄と接触しているため、高温に耐えられる能力が鍛えられた。この技を習得した後、たとえ1000℃の高温でも、火傷することはありません」 「鍛冶職人は鉄のペンチでヒシャクを挟み溶鉄を汲み取り、手の平に注ぐやいなや、即座に空中へ投げる。このように繰り返すと、空中で色とりどりの美しい『花火』が形成される」

 伝統文化を保護するため、ここ数年、攸県文化会館の「非遺(非物質文化遺産)」プロジェクトグループは毎年8月15日の中秋節の晩を「素手で溶鉄を放つ」、この技を披露する日と定めたという。

(翻訳編集・李頁)


 (10/04/06 05:00)  





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