THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(40) 日本語の教材(1992-1996年) 下

2010年06月21日 07時00分
 【大紀元日本6月21日】文部省の通信学習は、生活の教科は絵日記を書かせるような感じでなんとかこなした。国語、算数、理科、社会の4教科となってからはいろいろなことを発見した。

 上から押し付けることより創造性を育もうとする英国の教育に浸っている娘は、イラストつきの漢字練習帳に吹き出しをつけて自分の漫画帳に変えていったりして、マイペースで楽しく漢字とつきあっていた。しかし、月々の添削をこなさなければならないプレッシャーから、私はどうしても教育ママにならざるをえない。地球の裏側で、なぜか日本の教育制度にしがみついていた。

 大きなぬいぐるみの熊さんに鉛筆を持たせて、「ほら、クマちゃんがひらがな書いているよ」などと言って関心をひいてみたりしたが、やはり身近に漢字がない環境で、書き言葉を学ばせるのは難しい。2年の7月くらいに、まだワークブックでは出てこない漢字を添削の質問で書かせる問題があり、これは日本に居住したことがあり、ある程度の漢字の常識を前提としたコースなんだと限界を感じた。

 また、2年生の社会で、「かまぼこ工場の見学」についての質問があった。さて、娘は「かまぼこ」を食したことがあるだろうか。社会の教育も頭打ちだった。

 しかし、理科は、文化的な障壁がない。 草花を育てたり、砂と土に水をかけてどちらが速く浸透するかを観察したり、空気を圧縮させたりすることは地球上のどこでもできる。 身近なものを利用してあれこれ実験することで、娘はさておき、私の方が「理科」にはまってしまった。

 年齢が上がるにつれ、一律の教育より本人中心の教育をしようとするイギリスの学校では学力の個人差がはげしく、結局、誰も何も学ばないような状態になってしまった。当然のことながら、着々とカリキュラムに沿って進行していく通信学習を続けることは難しくなった。しかし、日本語教育を捨て去ることはできず、日本語の衛星放送を入れることにした。娘が2歳くらいの時、試験的に放映され、無料で数ヶ月見ていたが、今回はお金を払って見ることにした。しかし、ほっておくと英語の漫画に替えてしまう。「わざわざ衛星放送入れたんだから、お願いだから、見て」と日本語にまわしても、イヤミがシェーをしていたりして、ほとんど日本語がない。ウーン、楽しい教材としては、今一つかもしれない。

 その後、日本を訪れることで刺激を受け、4年生で再び文部省の通信学習の2年生に戻ったがうまくいかず、公文式の国語を始めた。ロンドンで添削指導してくださる担当の先生がやはり国際結婚され、バイリンガル子育ての先輩であることを発見し、いろいろ相談にのってもらった。公文式は、中学終了時に受ける全国的な資格試験であるGCSEの日本語を受験する前に大いに役立たせてもらった。

 (続く)

 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。

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