特別リポート:米中対立の最前線ポーランド、華為「スパイ」事件を追う

2019/07/10
更新: 2019/07/10

Joanna Plucinska Koh Gui Qing

[ワルシャワ 2日 ロイター] – 今年1月の冷え込みの厳しい朝、ポーランドの国内公安機関(ISA)がワルシャワのアパートの一室に立ち入った。彼らは写真や電子機器を没収、アパートに住む外国人ビジネスマンを逮捕した。

ポーランド語に堪能な元外交官でもあるこのビジネスマンに対する容疑は、世間を驚かせた。ポーランドの元安全保障当局者と協力し、ある国のためにスパイ活動を行った、というものだった。

まるで冷戦時代のスパイ小説、その21世紀版のようだが、相手はかつて敵だった米国でも、ソ連時代の盟主ロシアでもなく、中国だった。

ビジネスマンは中国人で、世界最大の通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)<HWT.UL>の営業担当者。そして、同じ日に逮捕された協力者とされるポーランドの元当局者は、一兵卒ではなくサイバーセキュリティを専門とする幹部だった。

この逮捕によって、中国を相手にした米国の「新冷戦」の新たな戦端が開かれた。

<収監先から文書で回答>

米国は、次世代高速通信規格「5G」の導入に当たってファーウェイ機器を使用しないよう同盟国に働きかけており、ファーウェイは新冷戦の中心的な存在となっている。

トランプ米政権は5月、国内通信網にファーウエイ機器を使用することを禁じ、米企業が同社に製品を販売することを規制した。米政府は、ファーウェイが中国政府の支配下にあるとみて、同社の5G技術がスパイ行為や重要インフラの妨害などに悪用されかねないと懸念している。ファーウエイ側は、こうした指摘を否定している。

6月末に大阪市で開催された20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で、トランプ氏はファーウェイへの販売規制を緩和する方針を示したが、国内通信網からファーウェイを排除する決定は覆さなかった。

ポーランドの検察当局は逮捕を公表して以降、事件の詳細はほとんど明らかにしておらず、機密扱いにしている。

だが、疑惑の渦中にある中国人ビジネスマンの王偉晶容疑者(37)は、ロイターの質問に対して収監先から長文の回答を寄せ、無実を主張した。

「私は全く関与したことがないことについて誤った追及を受け、家族から引き離されている。言うまでもなく、社員にスパイ容疑をかければファーウェイをポーランドや他の国から追い出す格好の口実となる」と、王容疑者は主張した。

担当弁護士のバルトゥオミ・ヤンコフスキー氏を通じて寄せられたこの回答には、事件について、また、同時に逮捕されたポーランド人のピョートル・ドゥルバイヴォ容疑者との関係について、これまで明らかになっていなかった詳細が含まれていた。

例えば、王容疑者はドゥルバイヴォ容疑者のことを、おそらくポーランド人の中で一番の親友と説明。ポーランド政府当局者が深センにあるファーウェイ本社を訪問した2013年、10日間の休暇を取って中国を訪れた2018年夏を含め、少なくとも3度、中国でともに時間を過ごしたことを明らかにした。また、逮捕後に王容疑者を解雇したファーウェイが、その後も一定の支援を提供しているとした。

ロイターは、ポーランドの治安当局がドゥルバイヴォ容疑者の中国訪問に関心を寄せていることをつかんだ。同容疑者はワルシャワの軍事大学で光ファイバー通信ネットワークを経由した侵入監視システムの開発に関わっており、当局がそれについても調査していることがわかった。

ロシアからの圧力に対抗するため米国の安全保障の後ろ盾に依存しているポーランドの政府関係者は、王容疑者の逮捕が、自国の通信網でファーウェイが果たす役割について再考するきっかけになったと話す。ポーランドは、まだファーウェイに規制を設けるかどうか決定していない。

「ファーウェイのような中国企業の製品を使うことの危険性は、ポーランドでの事件が非常にリアルに証明している」──駐ポーランド米大使のジョージェット・モスバッカー氏はロイターの取材にこう述べ、通信網の整備にあたり、「欧州のすべての同盟国が、この脅威を真剣に受け止める必要がある」と指摘した。

ファーウェイの広報担当者は、「ポーランドでの事案は司法案件であり、現段階では何もコメントできない」としている。

<政府内に築いた人脈>

王容疑者は、自身の経歴を考えれば、ポーランド当局がなぜ自分を中国のスパイとみているのかは理解できるとしている。

ポーランド語を操り、ファーウェイで勤務していた事実のほかに、王容疑者は港湾都市グダニスの中国総領事館に4年半勤務し、ポーランド当局内に人脈を広げていた。

「私は良きスパイ候補と見られ得るのだろう」と、収監中の王容疑者はロイターに回答を寄せた。

だが王容疑者は、中国政府のためスパイ行為を働いたことを全面的に否定する。

「一度もそのような誘いを受けたことはない。中国政府のためにスパイをしたことなどない。ポーランドに損害を与えるようなことは一切やっていない。ポーランドは私の第2の故郷であり、そんなことは荒唐無稽だ」と、王容疑者は反論した。

王容疑者を担当するヤンコフスキー弁護士は、事件の証拠については議論しないとしつつも、王容疑者は、米国がファーウェイに仕掛けた戦争に巻き込まれたと考えているとした。また、保釈または起訴されるまでに2年以上収監される可能性があることに懸念を示した。ポーランドの法律では、当局の捜査が行われる間、容疑者は何年も拘束されることがある。

王容疑者の運命が最終的にどうなるにせよ、この事件は米国がファーウェイに仕掛けた戦争のただ中に放り込まれた形だ。

2月にポーランドを訪問したペンス米副大統領は、王容疑者とドゥルバイヴォ容疑者の逮捕に言及し、「国家の安全保障を脅かしかねない形で通信領域が侵されるれることを防ごうとする、ポーランドのコミットメントを示したものだ」と称賛した。

中国外務省はロイターの問い合わせに対し、1月に出したコメントを参照するよう回答した。中国外務省報道官は当時、ファーウェイとポーランドの関係先の双方が、この件は「完全に個人の案件だ」とする声明を出したことを「留意した」とした上で、「ファーウェイの安全性は、長年取引先から評価を受けてきた」と述べていた。

ファーウェイによると、同社は900人以上の従業員を抱えるポーランドに13億ドル(約1400億円)以上を投じてきた。同国の通信携帯電話大手プレイ・コミュニケーションズ<PLY.WA>は、基地局の大半でファーウェイ機材を使用している。

1月8日の逮捕から数日後、ファーウェイは王容疑者を解雇した。

しかし同容疑者によると、妻に対してファーウェイの社員が「毎日のように」支援を提供しているほか、会社側も「捜査を助けるため」、職務関連の書類を弁護士に提供した。王容疑者は、弁護士費用も同社に負担してもらいたいとしている。

一方、ドゥルバイヴォ容疑者の弁護士は、記事のためにコメントを求めたロイターに対して回答を拒否した。王容疑者の妻は、インタビューの要請を友人を通じて断った。

ロイターはこの記事を執筆するに当たり、王容疑者やドゥルバイヴォ容疑者の知人、事件に詳しい関係者20人以上に取材した。その中には元同僚や友人、取引先や政府当局者、元情報当局者などが含まれる。

取材を通じて、2人の容疑者がポーランド政府内や通信業界に幅広い人脈を築いていたこと、互いに長年の知り合いで、極めて緊密だったことが判明した。

ポーランドのドゥダ大統領はロイターに対し、容疑は「空虚なもの」ではなく、関連書類が存在すると指摘。スパイ容疑による2人の逮捕は「こうした行為が行われた可能性を示す証拠がある」ことを意味していると述べた。

「私が理解するところでは、ポーランドの治安当局と検察当局の観点から見て、事件は疑いのないものだ」と、ドゥダ大統領は6月に行ったインタビューで説明した。

<学生時代にポーランド留学>

スタニスラウというポーランド名を持つ王容疑者とポーランドの付き合いは20年以上になる。

中国北部石家庄の寒村出身の王容疑者は、村始まって以来の大学進学者の1人で、名門の北京外語大でポーランド語を学んだ。

「正直言って、当時はポーランドについてほとんど知らなかった。両親と相談して、中国トップの外語大でポーランド語を勉強すれば、私の将来に向けた良い投資になると考えた」と、王容疑者は言う。

大学では熱心に勉強した。図書館に7冊あったポーランド語の辞書のうち、学生が借りられる4冊には、すべて貸出先に王容疑者の名前が記入されていたと、王容疑者の友人は話す。

在学中、王容疑者はポーランドの中部ウッチで語学を学ぶ奨学生4のうちの1人に選抜。2001年秋にポーランドへ渡り、10カ月勉強した。

いったん中国に戻って貿易関係の仕事に就いたが、2006年にグダニスの総領事館が通訳を探していていることを知って応募したところ、採用されたという。

王容疑者は、総領事館の中国人職員3人のうちの1人として4年半働いたという。ポーランド語が話せるのは王容疑者だけで、肩書は「文化アタッシェ」だったが、外交儀礼から事務、査証など幅広い業務をこなした。王容疑者は「雪かきや洗車もやった」としている。

また、総領事と共に「ポーランド北部をくまなく訪れ、地方当局者と多数の会議をこなした」という。

2011年1月に領事館を退職、新たな挑戦を求めて中国に帰国した。その2カ月後、ファーウェイからポーランドの広報担当職について接触があったという。ファーウェイは、王容疑者の北京の大学時代や、中国総領事館勤務時代の知り合いから連絡先を入手したようだ。

ファーウェイに採用された王容疑者は、2011年6月にポーランドへ戻った。同社はポーランドで、通信事業者への機材販売から事業を拡大し、新たな市場に自社技術を展開しようとしていた。王容疑者はその広報を任されることになった。

ポーランドの政府当局者やさまざまな機関、業界団体と関係を築き、「中国関係の機関と良好な関係を維持すること」が王容疑者の仕事に含まれた。中国大使館とも、定期的にコンタクトを持っていたという。

2017年には法人事業部の営業担当者となり、ポーランドの公共セクターに売り込みをはかった。政府機関や国有企業が主な売り先だったという。鉄道やネットワークのセキュリティ、サイバーセキュリティを研究する機関も含まれていた。

王容疑者は、ポーランド政府や電気通信業界に幅広い人脈があったが、仕事のためだったと説明する。「業界の重要な人物を知らなければ職務怠慢だ」と、王容疑者は言う。

彼と交流のあった人たちは、王容疑者は熱心に人脈を広げていたと話す。ワルシャワの中国大使館が主催するイベントには毎回のように参加し、中国やポーランドの祝日に、中国茶やカレンダーなどのギフトや、あいさつのメールを受け取ったと話す人もいた。ポーランドの元政府当局者は、王容疑者の流暢なポーランド語は、他の同僚と一線を画すものだったと話す。

王容疑者はロイターに、ファーウェイの5G事業には直接かかわっていなかったと説明している。

「社員がスパイ容疑に問われたとき、会社に他に何ができるだろう。会社はやらなければならないことをやったままでで、理解できる」と、自身の解雇を振り返った。

<米国とポーランドの接近>

ポーランドの政府当局者は、中国との通商関係の強化に前向きだと発言しているが、ドゥダ大統領は、港湾や空港も含めた戦略的なインフラへの投資には反対だと話す。ポーランドと中国の関係は、ロシアからの脅威が増大したと考えるポーランドが、米政府との関係を強化したことでも冷え込んだと、アナリストは指摘する。

ポーランド政府の当局者によると、中国の対外情報機関は、市場をより詳細に把握して自国企業のビジネスに役立てるため、ポーランドの経済と政治への監視を強化しているという。「われわれの機関はこうした動向を把握し、追跡している」と、この政府関係者は話した。

今回のスパイ容疑事件は、ポーランドと中国の関係をさらにこじれさせた。

「このような活動が国内で行われることは容認できず、われわれの関係は袋小路にはまっている」と、ドゥダ大統領は話し、「特に、通信技術のような戦略的でセンシティブな分野が関わる場合は容認できない」と付け加えた。

王容疑者の友人で、ともに逮捕されたドゥルバイヴォ容疑者は、ポーランド政府の上層レベルで仕事をしていた。国家安全保障の機密事項に関わる人々や部署と仕事をすることもあった。

サイバーセキュリティと電気通信の専門家であるドゥルバイヴォ容疑者は、40歳代後半とみられる。ビジネス交流サイトのリンクトインに登録された同名のプロフィールによると、20年以上にわたり内務省や国内対応の情報機関であるISAに勤務していた。ロイターは、ここに記載してある肩書の多くがドゥルバイヴォ容疑者の実際のものだったことを確認した。

ドゥルバイヴォ容疑者は2009年にISAに入り、電気通信やサイバーセキュリティを担当。当時のISA長官に助言をすることもあったと、一緒に仕事をした人や、地元メディアは説明している。

リンクトイン上の情報によると、ISAに4年以上勤務し、同機関では珍しい対外向けの仕事も担当していた。サイバーセキュリティについてテレビ取材などを受けており、2010年の地元局のインタビューでは、中国は「ハッキングの主導国」だと述べていた。

ポーランドの電子通信局によると、ドゥルバイヴォ容疑者は2012年5月にISAから出向してきた。最初の2年間は当時局長だったマグダレーナ・ガイ氏のアドバイザーとして働き、2016年まで在籍した。

ガイ氏は、ドゥルバイヴォ容疑者とは友人だったと話し、「数年一緒に働いたが、非常に愛国心が強い印象だった」と振り返った。

ドゥルバイヴォ容疑者は2012─15年にかけ、軍の技術大学で行われた光ファイバー通信ネットワークを経由した機密情報の窃取を防ぐシステム開発という、極めて機密性の高いプロジェクトに関わっていた。同容疑者の逮捕後、当局はこのプロジェクトに詳しい人物少なくとも2人から事情聴取した。

地元メディアによると、ドゥルバイヴォ容疑者は2016年、電子通信局で、ローマ法王のポーランド訪問の警備を担当する専門家らと仕事をした。翌2017年、同容疑者はISAを退職。その年10月に、仏オランジュ傘下のポーランド通信大手オレンジ・ポルスカ<OPL.WA>のコンサルタントに就任した。同容疑者は逮捕後、この職を退いたという。

<友情の絆>

王容疑者はロイターに対し、ドゥルバイヴォ容疑者と出会った時期や、情報機関職員であることを知った時期は正確には覚えていないと回答した。ただ、2013年に深センにあるファーウェイ本社を訪問したポーランド政府代表団に、同容疑者が参加していたことを明かにした。

電子通信局長だったガイ氏は、「スパイ活動防止」のため、ISAで経験のある同容疑者を同行させたと説明した。

王容疑者は、ドゥルバイヴォ容疑者との付き合いについて、最初は全てサイバーセキュリティなどの仕事関係だったとしている。また、ファーウェイが香港で行ったブロードバンド関係の会議に同容疑者をポーランド当局の代表として招待し、同容疑者が応じたことを明らかにした。

事情に詳しい人物によると、ドゥルバイヴォ容疑者はこの2015年の会議に参加した代表団の1人で、その際深センのファーウェイ本社も訪問したという。

この間に、王容疑者とドゥルバイヴォ容疑者は親しくなった。

「2016年に息子が生まれる前、ポーランド人の友人にどの病院がいいかアドバイスを求めたが、ピョートルが良い医者を見つけてくれた」と王容疑者は説明し、「いつも親切に手を差し伸べ、温かいアドバイスをくれた」と振り返った。

王容疑者は、ドゥルバイヴォ容疑者にファーウェイの職をあっせんしようとしたこともある。しかし、それは「うまくいかなかった」としている。

王容疑者は、逮捕後はドゥルバイヴォ容疑者を目にしていないと述べ、「このゲーム」における同容疑者の役割も分からないとした。

だが王容疑者は、ファーウェイが標的になったことは驚かないとしている。2018年の終わりには、ポーランドが米国に追随して「ファーウェイに対して行動を起こす」と予測していたという。

ただし、「個人が標的になるとは思わなかった」と付け加えた。

(Joanna Plucinska記者、 Koh Gui Qing記者、 Alicja Ptak記者、 Steve Stecklow記者、翻訳:山口香子、編集:久保信博)

 

7月2日、今年1月の冷え込みの厳しい朝、ポーランドの国内公安機関(ISA)がワルシャワのアパートの一室に立ち入った。彼らは写真や電子機器を没収、アパートに住む外国人ビジネスマンを逮捕した。写真はワルシャワ中心部に掲げられたファーウェイのロゴ。6月撮影(2019年 ロイター/Kacper Pempel)

 

 

7月2日、今年1月の冷え込みの厳しい朝、ポーランドの国内公安機関(ISA)がワルシャワのアパートの一室に立ち入った。彼らは写真や電子機器を没収、アパートに住む外国人ビジネスマンを逮捕した。写真はワルシャワ中心部に掲げられたファーウェイのロゴ。6月撮影(2019年 ロイター/Kacper Pempel)

 

Reuters
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