THE EPOCH TIMES

中国で最後の銃士部落=岜沙(ばしゃ)

2010年06月05日 08時59分

 【大紀元日本6月5日】中国貴州省従江県城付近に、今なお自分の民族の習慣を守っているミャオ族部落、岜沙がある。

 岜沙(basha)は中国貴州東南自治州の従江県城から7・5キロほどのところにあり、ミャオ族のことばでは「草木が生い茂る地方」という意味である。

 最後の銃士部落

銃士部落

 岜沙は大昔からミャオ族系に属している。従江県から更に遠くて辺鄙なところで住んでいるトンの郷と苗寨などは、大いに外来文明の影響を受けてきたが、岜沙は依然として古い風習を守っていて、「最後の銃士部落」と呼ばれている。

 4千年前、ミャオ族の祖先蚩尤(しゆう)が戦いに敗れ、大衆を率いて黄河下流から西の方向に移った際、先頭部隊の9黎部落の一つが岜沙に定着したと言う説がある。貴州の黔(けん)東南ミャオ族トン族自治州は、貴州で民族風情と民族文化を完璧に保存した地区である。中国で唯一、火薬銃を肌身から離さない民族で、彼らの住まいは、自治州内の従江県境界内丙妹鎮月亮山麓の広大なジャングルの中に分布している。
 

岜沙部落の入り口


この18平方キロメートルの素朴で静謐な岜沙部落に入ると、近代のユートピアに入ったように感じられ、目の前の安寧で穏やかな美しい風景に陶酔してしまう。

 

谷間の静かな岜沙部落

 

谷間の静かな岜沙部落


ここのミャオ族の人たちは濃紺の衣を纏い、古風で質朴、高床の木楼に住んでいる。木楼の建築技術は独特で、鉄釘、鉄錨などはまったく使わない。目を引くのは、14歳以上の男子はすべて火薬銃と腰刀を身に着けていることだ。昔は身と郷里を守るためだったが、今は習慣となり、岜沙では「銃を体から下ろしては駄目」と言われている。その上、岜沙で腰刀の有無が英雄と臆病を判断する基準だと言う。

 純朴な民族

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