THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(43) 日本の生活  (1996年)

2010年07月12日 07時00分
 【大紀元日本7月12日】英国育ちの7歳児との日本行きは、一人で帰省するのとは全く事情が違う。自分の中の日本の常識がくつがえされる。2年前に連れてきた時も和式トイレは使ったはずなのに、ドアを開けて床にトイレがあるのを見ると、「どうなっちゃったの?」と叫ぶ。

 日本のお風呂は大好きだった。玄関での靴脱ぎは、日本人の内と外の感覚、見えざる境界線が身に付いていないようで、口を酸っぱくして注意する必要があった。

 スーパーでの買い物は、珍しいことづくめ。特に、日本ではパンは主食というよりも菓子類扱いで、いろいろなものが並んでいる。さりげなく娘に、「これなに?」と尋ねられたので、「蒸しパン」と答えたら、「虫が入ってるんだったら食べない」と言われてしまった。蒸したパンなどイギリスにはないので、娘の反応も当然なのだが、その場でおかしみを分かち合ってくれる人もなく、私は一人で笑い転げるしかなかった。

 実家のお隣も、たまたま息子さんが国際結婚されてポルトガル住まい。地球の裏側から我々がやってきたことは人ごとではないご様子で、心からのもてなしを受けた。お茶のお稽古にまで招かれてしまった。「とにかくお茶の環境が嫌いにならないように。強制しちゃダメ」と、広々とした畳の部屋で、他の生徒さんがお点前する中、お絵描きしながら、ごろごろさせてもらった。抹茶は苦いので、ココアを立てた。この方の柔軟な発想、長期的な視野に、今も敬服している。

 日本の小学校では、同級生一人一人が原稿用紙にメッセージと絵を描いて、「アンへ」と題する一冊の本にまとめたものを、最後の日に渡された。これをイギリスの小学校の先生に見せたら、小さな四角い枠の中に7歳児が複雑な文字を書き入れている事実に、とにかく目を丸くしていた。バイリンガル、バイカルチャーの気持ちが分かるウェールズ人の先生だったので、「わーすごい」などとチヤホヤ取り扱わず、 娘の気持ちを汲みながら、「よかったら、次の発表の時間に、日本での話をして欲しい」と娘に語りかけていた。

 一つの文化、学校制度に慣れたかと思うと、飛行機にのって、また別の文化と学校制度に入れられる。かなりのストレスだったようだ。一ヶ月後、日本人に「日本楽しかったでしょう」と尋ねられたら、日本から届いた大きなぬいぐるみの熊ちゃんを抱えながら、大泣きしてしまった。表面的な楽しいレベルを越えて、一歩踏み込んだ体験をさせてしまったようだった。

 
(続く)


 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。

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