THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(49) ホームステイの日本人 (上) (1990年代)

2010年08月23日 07時00分
 【大紀元日本8月23日】1986年にコーンウォールに移り住んだ頃、地元の新聞に「日本人が来た」という記事が掲載された。なんでも、海外交流を目的としたホームステイの活動が地元にあるらしく、国際的な機関を通して、毎年世界の人々が送り込まれるという。担当者の詳細は記事に掲載されていなかったが、夫が探し当ててくれた。

 国際機関なので、様々な日本人がやってきた。日本人が来ると担当者に連絡を入れてもらうようにした。主に毎夏、全国各地から高校生が20人ほど2週間くらいの滞在にきていた。「地元の日本人女性とのお茶会」という名目で、学生たちのスケジュールに載るようになった。娘が生まれた後は、子育ての苦労話などを高校生たちに話すようになった。

 ある年は、珍しく中学1年生が滞在したが、英語はほとんど皆無。しかし、本人も家族も辞書と首ったけでコミュニケーションし、心が通じ合ったようで、出発の際、駅で別れを偲んで泣き止まなかった。

 滞在期間の最後の夜、ホストファミリーへのお礼として、パーティーが開かれ、日本文化を披露する。 地元の素材を利用して和食を作ろうとする努力の過程が、ほほえましかった。ごま油買ったけど、日本みたいにゴマの香りがしないとか、豆腐が全然違うとか、全て、地球の裏側でホームステイしなければ体験できないことばかりだった。

 しかし、ある年から、お別れパーティーの定番が、インスタントのみそ汁の類いになってしまった。ただパックにお湯を注ぐだけ。喜んで飲む英国人もいたが、馴染みのない食べ物で触れていない人もいた。文化交流の機会が失われてしまったようで、自分の枠を破る機会のない学生たちに対しても、残念に感じた。

 (続く)


 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。

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